03. 3 その傷が語るのは、
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「んー、今日はお日様が暖かくて気持ちいいね」
公園を歩きながら、背伸びをする彩花。
「あっちー」
「こーらー!」
夏の直射日光の眩しさに、げんなりしている康輔の背中をバシーン!と叩きカツをいれようとする。
「こんなに暑い日は、クーラーの効いた部屋で寝っ転がりながらソシャゲでもするのが正しい夏休みの過ごし方だよ」
「また、そんなこと言って。 課金して無駄遣いするぐらいならプールで泳いだ方が健康的だよ」
「いや、今の時代の正しい夏休みの過ごし方は俺の方だと思うけど」
彩花の正論に屁理屈で反論しながら、学園への道を歩む二人。康輔は、家を出る時から病み上がりである彩花の体調に気を使っているのか
彼女のスポーツバッグを持ち彼女の負担を少しでも軽くしようとしていた。
そして彩花は、普段とは違う行動をし自分を気遣ってくるれる康輔のやさしさに感謝しつつも少し照れくさい感情を上手く処理できない結果が
いつもよりも少々アグレッシブな行動をとらせていた。
やがて、学園に辿り着いた二人は、校庭を横断し室内プールの扉の鍵を取りに行くために職員室へと向かう。
「失礼します」
「失礼しますー!」
職員室の扉を開け挨拶を終え、顔を鍵がかかっている壁の方向へと向け歩み始める。
「えっと、室内プールの鍵は……あれ?」
「鍵が無いね」
「もしかして、もう誰かきているのかな?」
「あ、神薙姉弟! 二人揃っているとは珍しいな」
掛かっているはずの鍵が見当たらず困惑する二人に、職員室に入ってきた女性教師が声をかける。
「あ、高梨先生!」
「おはようございます。高梨先生」
「うん、神薙姉はいつも礼儀正しいな。で、なんで神薙弟がここにいるんだ!? 補習か」
彩花の丁寧な所作に感心し、本来いるはずのない康輔の雑な所作に呆れつつ、この場所にいる理由を
考え始める高梨先生。
「違いますよ。彩花姉の付き添いですよ」
「……神薙姉の付き添い! おいおい、そんな嘘付かなくていいんだぞ。素直に補習を受けに来たと言えばいいじゃないか」
「違いますよ!昨日、彩花姉が体調を崩して帰ってきたから念のため付き添っているんですよ」
高梨先生の態度にむっとし、言い返す康輔。その反応を面白がり、さらにからかおうとするのを察した彩花が先手をうった。
「本当です。昨日、更衣室で休憩中にちょっと体調を崩しちゃって」
「……う~む、それが、本当なら今日は自主練は休んだ方がいいと私は思うぞ」
彩花の表情を見つめ、どうやら嘘ではないと判断したのか、今度はまじめな顔をして彩花に小言を言いだした。
「で、でもっ!今日は凄く体調がいいんですよ! 本当に」
慌てて元気ですというのアピールしようと、全身でアピールしようとする彩花に高梨先生は近づき、額に手を当て熱を計る。
「うーん、熱はないようだな。脈は……」
「あの、先生?」
唐突に近寄り額に手を当てたかと思うと、流れるような仕草で手首を掴みボレロの袖をめくり脈を計る。
「脈も正常だな。 ところで今は夏だぞ。なんでボレロを持ってきているんだ?」
「えっと、近頃帰る時間になると冷えるので、身体を冷やすといけないから秋用の制服のやつを上着代わりに持ってきているんですよ」
「そうですよ、先生。この部屋ちょっとエアコンが効き過ぎじゃないですか?」
寒いのか半袖から出ている両腕をさすり少しでも暖をとろうとする康輔と持参したボレロをちゃっかり着込んでいる彩花。
「なるほど、うん…… 神薙、病院へは行ったのか?」
そんな二人の意見を無視し再び彩花の手首に視線を落とした高梨先生は、腕にある小さな針の刺し跡に気づいた。
「いえ、昨日はそのまま家に帰って、横になりましたけど」
高梨先生の質問にきょとんとした表情を浮かべる彩花。
「……うむ」
「本当に、病院へ行ってないのか?」
「はい、水泳部の友達に送ってもらってそのまま帰りました」
しばらく、その刺し跡を眺めた後、作り笑いを浮かべ彩花の軽く肩をたたきながら謝りだした。
「うん、すまなかった!私の勘違いだ! きっと虫にでも刺されたんだろう」
「はあ?」
どう反応すれば良いのか分からず呆然とする彩花。
「ところで、先生! プールの鍵が無いんですけど、どこにあるか分かりますか?」
「ああ、それなら。神薙先生の代理で来た水泳クラブのコーチが持って行ったぞ」
その言葉を聞き、小さくガッツポーズを決める康輔、反対に残念な表情を浮かべる彩花。
「じゃあ、彩花姉!俺はしばらく図書室で涼んでいるから何かあったら連絡してくれよな」
有無を言わさず、スポーツバッグを押し付け一目散に退散を決める康輔を呆然と見送った二人。
「せっかく、康輔に運動させようと思ったのに……」
「こ~ら! 水泳部以外の人間に無断でプール使用させては駄目だぞ」
ポカっと、丸めた教科書で軽く頭を叩く高島先生。
「……はいっ」
「そういうのは、教師やコーチがいない時にこっそりとヤレ」
悪そうな笑顔を浮かべる高島先生を怖いと思ったのか、彩花も慌ててバッグを持ち直し職員室の入り口の方へと
早歩きをする。
「失礼しました」
頭を下げ、扉を閉めると大慌てで室内プールのある方向へと走り出した。
そんな様子を眺めながら高島先生は、のんきな声で。
「廊下は、走っちゃいかんぞ~!」
といい閉まった扉を見つめていた。そして、机に座って、タバコをふかしながら彼女は思考を開始した。
『神薙姉の手首にあった 刺し傷……あれは間違いなく注射の刺し傷だ。一昨日、あった神薙姉にはあんな刺し傷はなかったはず』
「たった、一日で注射の刺し傷が消えるなんてことは……、一体どんな針を使ったらあんな事ができるんだ……?」