01. タイトル未設定
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何度見ても、現実味のない光景ね。
そう独りごちた私の前で眩い光が舞い、幻想的な光景が広がっていく。
周りの木々がざわめき、突風が辺りを舞い、土煙を上げる。
風は一点に集まって行き、私の前に立つ小さな影がその光を、風を身に纏うかのような姿を見せていた。
小柄な身体は白い衣装に身を包み、日常では見せないように真剣に……けれど、どこか楽しそうに口元を緩ませている。
トレードマークの左右に縛った髪が大きく揺れ、僅かにスカートが捲れ上がる。
……このみ、生き生きしてる。
柚原このみ。私の妹分。実の妹のように可愛がっていた子が、幻想的な力を纏って表情を生き生きとさせていた。
「このみ、薙ぎ払え!」
私の後ろに控える彼、タカ坊も普段あまり見せないような自信に満ちた表情を見せる。
言葉だけを聞けば、何事かと耳を疑う。少なくとも、数ヶ月前の私なら、この子達のこんな姿を想像も出来なかっただろう。
「了解でありますよ! 隊長〜!」
後ろを振り向いたこのみは、私とタカ坊にいつもの笑顔を見せる。
けれど、その手に持っていた不思議な光を纏った杖は……まるで刃のようなギラギラとした禍々しい形になっていた。
「このみ、よそ見しちゃダメよ! 前を向きなさい!」
私が叫ぶと同時、私達と対立していた三つの影が一斉にこのみに飛びかかった。
正面、左右と三方に別れての同時攻撃。
ある影は鋭い爪を、ある影は手に持った鈍い光を放つ刃を、ある影は両手に抱えた鋭い槍を……このみに向け、一斉に襲い掛かった。
私は両手に持っていた盾と剣で、せめて壁になろうとこのみの前へ出ようとする……しかし、
「マジカル〜スラ〜ッシュ!!」
このみの手に握られていた杖。そこに宿っていた鈍く輝く光が、更に輝きを増し……このみが杖を横に払うように大きく振ると同時、光の束が何条にも広がり、眼前に襲い掛かってきた相手に降り注いだ。
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァ」
断末魔の叫び。それ以外に表現しようがない。三つの影を包んだ光はゆっくりと収束し始め、やがてその輝きを消した。
その光が消えた先には、三つの影が姿形も無くなってしまっていた。
僅かに焦げた匂いがし、微かに煙が立ちのぼっている。
「やったでありますよ〜! 隊長〜!」
明るいいつもの笑顔で、このみが無邪気に抱きついてくる。
私は笑顔を崩さないよう注意しながら、無邪気に喜ぶ彼女を褒めた。
「まああんな雑魚なら余裕だろ。レベル上げには丁度いい相手だったな」
タカ坊もごく自然に私達の横に並び、戦果を見る。
このみが放った光は、まるで熱線のように周りの草木事、″敵″を焼き払った。
跡形もなく、″彼女達″は消え去ったのだろう。
「タマお姉ちゃん、見てた? このみ、強くなったでしょ?」
「……うん。流石このみだわ。私、びっくりしちゃった」
このみは笑顔をこれでもかと輝かせ、えへへ〜と後ろ頭を掻きながら照れていた。
その仕草は、素直に可愛いと思う。
このみは、強くなった。けれど、その強さはこの世界のものだ。
「お、タマ姉。レベルが3上がったよ。クラスチェンジまで、あと少しだ」
タカ坊も以前と変わらない笑顔を私に向けてくれる。
この辺りの地図を広げ、さらに探索するか迷っているようだ。
そんなタカ坊に後ろから抱きつき、このみは甘えるように奥へと進むよう進言していた。
……ゲーム、なのよね。この世界は。
一迅の風が私の髪を凪ぎ、突き抜けていく。
広い広い高野。僅かに草木が茂った大地。見渡す限りの地平は、ほんの一部分でしかなく、既に私達は色々な場所を旅して来た。
最初の遺跡のような塔から始まり、暗い暗い森林の奥深く、古代の古戦場のような場所、他にも様々な場所を歩いて来た。
ゲーム、ゲームのはずだった。
私はゲームと言う物をよく知らないが、最初はまーりゃん先輩が持ち込んだテレビゲームのはずだ。
それが奇妙な光に巻き込まれたと思えば、あの場にいた全員がこの大地に立っていた。
集団催眠? いや、違う。明らかに味覚、触覚、視覚、嗅覚、聴覚……人間の五感全てがこれが現実である事を示している。
ただ現実のようで、ゲームでもある。
先ほどタカ坊が口にした、レベルだ。
タカ坊達、男の人にはないが、私達女性には強さを表わすレベルが存在する。
私には見えないが、タカ坊にははっきりと見えるらしい。
タカ坊が言うには、私のレベルは13。クラスはファイターだ。
大きな盾を左手に持ち、腰には80cmはある剣。両刃の、簡単に命を奪える武器だ。
私的には動きにくい肩と腰に付いたアーマーと動きやすさを重視してか、太ももと胸元が開いた大胆なハイレグ衣装が今の私の格好だった。
タカ坊以外の男性は、ほぼ見かけないので気にする必要はなかった。
そもそもこの世界には、男が居ない。
タカ坊や雄二、そしてこのみの友達の保護者の男性の方、3人しか見た事がない。
この世界を旅して、しばらく経つが、3人以外の男性を……本当に見ないのだ。
「えへへ〜。タマお姉ちゃんとタカ君はこのみが守るでありますよ〜!」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら、笑顔を輝かせるこのみ。
タカ坊が言うには、このみのレベルは64。クラスはマジカルプリンセスだ。今の私の遥か上のレベル。
レベルは強さを表していて、力や打たれ強さ、素早く動けるかなどレベルによって大きく違う。
それぞれのクラス……職業によってその強さのバラつきはあるが、ここまでレベルの開きがあると、差は歴然だった。
この場所に来るまでに遊びと称して腕相撲をしてみた所……今の私はこのみに手も足も出ない。
「タカ坊、本当に″レベルリセット″なんて必要だったの? 私、足でまといは嫌よ」
私達がこの世界で唯一拠点にしているキャンプ地の建物では、タカ坊と私達の同意でレベルを任意の数値まで下げる事が出来る。
そうするとレベルリセットされた者は、強さや技をマイナスされ、弱くなってしまう。
かく言う私も先ほどレベルリセットを受け入れ、レベル1まで下げられた。
この世界に迷い込んだばかりの時と同じ状態に戻ったのだ。
こうした不思議な力をいとも簡単に出来てしまう所が、現実味を無くしゲームのようだと考えてしまう部分だ。
私が不満そうに少し拗ねたように言うと、タカ坊は困ったような顔を見せた。
「タマ姉、ちゃんと説明したでしょ。レベルリセットすると、戻したレベルによってステータスが上がる割合が増えたりするんだ。タマ姉に、もっと強くなって欲しいんだよ」
タカ坊はそう言ってくれたが、私の目を見ていない。
何かを隠しているようにも見え、私はタカ坊へと近づき、疑いの眼差しを向ける。
「タカ坊、お姉ちゃんに何か隠してるでしょ」
問い詰められたタカ坊が目を白黒させて、な、何も!? と慌てて手を振るが、明らかに何かを隠しているのが分かる素振りだった。
もう一度、タカ坊〜? と詰め寄って尋ねると、観念した彼が口を割った。
「た、タマ姉の格好がさ……ちょっと、刺激が、その……強すぎると言いますか……」
口をもごもごと動かし、はっきりしない彼に少し苛立つ。
相変わらず私から目を逸らす彼は、逃げ腰で言い訳ばかりを口にする。
「タカ坊、男なら、はっきり口にしなさい!」
厳しい口調で叱ると、タカ坊が謝ってきた。
私はため息を一つして、彼の言葉を待つ。
私とタカ坊の問答に付き合わされてるこのみは、私達を見比べながら、辺りも警戒してくれていた。
このみには後でお礼を言わなければならない。
「タマ姉の格好がさ……」
「私の?」
ようやく話す気になったのか、タカ坊がたどたどしい口調で話し始める。
私の格好と口にした彼の言葉に、思わず今の自分の姿を見る。
ファイタークラスである私の初期装備。肩と腰にアーマー。全体の衣装としては胸元を開き、太ももを大胆に露出させたハイレグ衣装だ。
アーマー部分が無ければ、水着と言ってもおかしくない格好。
「違くてさ、今のタマ姉じゃなくてレベルリセット前の……だよ」
「リセット前のクラス? 侍?」
私がレベルリセットされる前のクラスはファイターではなく、侍だった。
レベルリセットされると、強制的にレベルに合わせたクラスに戻される。
ファイターの上のクラスの一つが、侍だが……。
「タマ姉の侍衣装、ほとんど……は、裸じゃないか……。俺、見てられなくてさ……ごめん」
「裸って……確かに生地は少なかったけど、隠すべき所は隠していたと思うけれど?」
タカ坊の言う通り、肌の露出は高く、素肌に薄い生地の布を纏った衣装ではあった。
口にした通り、大事な所を隠していたに過ぎないとも言えた物だ。
しかし、強さを手に入れるには恥も捨てなければならないと思う。
人の生き死にも、大いに関係ある事だった。タカ坊の考えも分かるが、私の裸一つで皆を守れるなら、そんな事は些細なことだ。
……それに、私の侍衣装よりよっぽど危ない子もいるのに。
例えばるーこちゃんのウィッチ衣装。彼女のそれは、裸に黒マントを掛けただけの物。
私がアウトなら、彼女はどうなのか。
「タカ坊、私の格好だけ見てられないって、どういうこと? 私より大胆な格好してる人だっているわ。それに、タカ坊には酷かもしれないけど、格好を気にして強さを捨ててたら……この先やって行けないわ」
我慢出来ず、私は説教のような台詞を口にしてしまう。
こんなつもりじゃない。もっと優しく口にしてあげたい。
けど、口から出た言葉は取り消せないし、タカ坊に苛立ってしまったのも事実。
ゲームのようでいて、現実でもある、この世界。
先ほどのような魔物、あの女の子の姿をしたモンスターが襲ってくる世界なのだ。
中には話せる者もいたが、大抵は問答無用で襲い掛かってくる。
私の目の前で、このみや他の子達が傷つくのを何度も見てきた。
それに対して、自分が何も出来ない無力な存在になってしまうのが……とても悔しく、口惜しい。
その理由が、タカ坊の恥ずかしさからだと知ると情けなくもある。
「タカ坊が恥ずかしがる必要ない。私が命を張って戦っているの。確かにまたレベルが上がれば、前より強くなれるかもしれない。けど、そんな気の長い事してる間に、誰かが傷ついたらどうするの? 私より、他の皆を強くしてあげて、タカ坊。私はいくら傷ついても構わないから。タカ坊は気にせず、私を盾として、剣として使えばいいの」
このみが少し泣きそうな表情を私に向けていた。
私は自分の言葉で、妹を傷つけてしまった事に胸を痛めた。
私が自分の事を蔑ろにするような言葉を口にしたから、優しいこのみが気にしたのだろう。
確かに今のは言い過ぎた。
私は知らず知らずの内に焦っていたのかもしれない。
このみに守られている自分に、タカ坊に頼りにされない自分に……。
「……駄目だよ」
「え……?」
強く口にしたつもりだった。いつものタカ坊なら、私に萎縮して、私の言葉に従うはずだ。
なのに、私の言葉にタカ坊は怒っているかのように険しい表情を見せた。
「その考え方は駄目だ。そんな考え方の人間は連れて行けないよ。パーティーから外すしかない」
「……なんですって?」
タカ坊の言葉が信じられず、耳を疑う。
睨むようにタカ坊を見据えても、彼は私から目を逸らさず、今度は逃げなかった。
「タカ坊、本気で言ってるの? 」
「本気だよ。タマ姉がその考え方を変えてくれないなら、タマ姉にはずっと留守番しててもらう」
吐き捨てるように言われた言葉に、二の句を告げなくなる。
頭の中のでは、タカ坊に捨てられたと悲しい現実を受け入れたくない自分がいた。
私は何とか、そう……と呟くのが精一杯だった。
悔しいが、この世界のリーダーは彼だ。彼が指示し、彼を中心に皆は集まり、冒険に旅立つ事が出来ている。
巻き込まれた女の子達は、皆彼を好いている子達だから、彼の一声で全てが決まるに等しい。
悔しいがこの世界では、私の力はただの戦力の一つにしか過ぎず……皆を引っ張っていく事は出来ない。
せいぜいがサブリーダーのポジションだろう。タカ坊の言葉には、皆賛同してしまう。
「じゃあ、パーティーから外して。私は居残りでいいわ。タカ坊の考え方と違うみたいだから、足でまといにしかならないもの」
今度は私が彼から目を逸らす。もうこの場に居たくなかった。
パーティーから外されると言うのなら、望むところだ。
一人ででも強くなる方法を探して、皆と距離を置いてでも……力を示すしかない。
「……タマ姉は、本当に頑固だよね」
ため息と同時に吐かれた言葉にカチンとくる。
身体が思わず反応し、タカ坊に鋭い視線を向けると、彼は肩を竦めて苦笑していた。
「何笑ってるのよ。私を外すって言ったの、タカ坊でしょ。私は、それに従うだけよ」
「俺は、タマ姉が考え方を変えてくれないならって言ったよ」
宥めるように言われて、少し拗ねたように口を尖らせてしまう。
優しい笑顔を向けるタカ坊に、たじろぐ。
「なによ……私が悪いの? だって、この世界で恥がどうとか言ってたら、命が幾つあっても足らないわよ」
「この世界から帰った時、タマ姉が露出狂みたいになってたら、俺が困るよ」
また笑うタカ坊。私は現在の話をしてるのに、彼は元の世界に戻った後の話をしていた。
先を見据えているとでも言いたげなタカ坊に、私は出かかった言葉を飲み込み、別の疑問を口にした。
「……なんで、タカ坊が困るのよ」
「タマ姉の隣、歩けなくなっちゃうから」
彼の言葉に目を見開き、絶句する。
体温が上昇し、心臓がうるさいくらい音を立てた。
落ちつきなさい……! タカ坊はきっと、深い意味を考えてはいないわ。私の幼馴染として、一緒に居られなくなる……それだけよ。
高鳴る胸を抑え、自分自身に言い聞かせる。
このみも見ているし、これ以上変な勘繰りはやめよう。
タカ坊の言葉に、簡単に惑わされるなんて……私も隙があると言うことだ。
「それに、皆言わなかったけどさ。タマ姉は身体を張りすぎなんだよ。パーティーに入ってるといつも皆に気を配って、誰かが傷つきそうになると身体を張って止めるでしょ? もっと周りを頼って欲しい」
私を見るタカ坊の瞳は優しく、表情は頼りになる男性の物だった。
肩に置かれた手は暖かく、彼の体温が感じられ、私はそれだけでタカ坊に心を支配された。
気恥しい思いで一杯で、ヤバいと思った時には、顔を逸らして……自分の抱いた感情を否定する。
……この世界で、恋愛感情なんて考えてはいけない。消してはいけないけれど……先に進もうとしては、駄目なのだ。
「……私、そんなに身体を張ってなんて……」
「張ってたよ。俺はいつも見てた。タマ姉が傷つくの。戦えない自分が恥ずかしいって、いつも歯がゆかった」
手を取られ、正面から見据えられる。
タカ坊が、こんな台詞を言うなんて……。戦えなくて恥ずかしいなんて、男らしい事、考えてたなんて……。
彼には私達と違い、武器を取る力も技もない。
レベルによるステータスもなく、力や素早さ、打たれ強さなど目に見えて上がったりはしない。
彼が出来るのは、私達を編成しパーティーを決めて探索へ向かう事と、戦闘中の指示。
細かな所まで気配り出来る彼の、まさにうってつけのポジションだった。
そんな彼が、一緒に戦えなくて悔しいなんて思ってたなんて…知らなかった
。
私達は当たり前のように、彼の指示に従い、彼を守り、歩いてきた。
「タカ坊も、男の子なんだ」
「今気づいたの? タマ姉、やっぱり時々鈍いよね」
声に出して笑われると、彼への不満がむくむくと再燃してきた。
でも、先ほどまでの暗い感情ではなく、彼をからかってしまいたい欲求に駆られる。
「えいっ!」
「うわっ!? た、タマ姉、ちょっ! む、胸、当たってるから!」
「当ててるのよ?」
我慢出来ず、タカ坊を胸に抱く。
私の胸の間に頭を埋めた彼が、じたばた暴れ始めるが、私は構わず抱きしめた。
すると、先ほどまでの苛立ちが嘘のように無くなり、胸がスーッとして心地よい気分に変わった。
……あぁ、やっぱり私、タカ坊が居ないと駄目ね。
タカ坊の匂いに包まれるだけで幸せで、いつまでもこうしていたい誘惑に負けそうになる。
と、
「タマお姉ちゃん、タカ君、ズルいでありますよ〜! このみも抱き着きたいであります!」
小さな身体を揺れ動かし、我慢していたこのみが私達に抱き着いてくる。
私はそんなこのみを受け入れ、3人一緒に抱き合った。
タカ坊は悲鳴をあげ、や、やめてくれ〜!と じたばた暴れたが、私もこのみも離してあげなかった。
タカ坊に改めて口にされて、自分が無茶して来たのだと思い知らされた。
私の勝手な思いで、皆に心配を掛けてきた。彼はそんな私を見兼ねてレベルリセットを申し出たのだ。
言うなればこれは、皆からの休暇のお誘い。
たまには休めと、暗に言われているのだろう。
そして、タカ坊。
「……タカ坊」
「え……?」
彼も私と一緒だった。誰かの力になりたくて、でも力がない自分が悔しい。
誰かが傷つくのを耐えられない。誰よりもそれを近くで見てきた。
優しい彼がとても愛おしく感じた。
「大好きよ」
この思いは、きっといつまでも消えない。
別の世界に飛ばされ、元の世界に戻れるか分からないとしても……彼が居るなら大丈夫。
私は改めて、それに気づかされた。