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作:白雲連絡
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2018/08/17
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【月曜日】
――アパート――
 浅倉南は、狭い路地裏に立ち、妻切り屋根の古いアパートを見上げていた。外壁のモルタルはひび割れて剥がれ、ここだけ高度成長期で時間が止まったような、時代から取り残されたような不思議な感覚に陥る。
 制服が汚れないように、放置されたサドルのない自転車を避けながら進み、階段下の郵便受けに向かう。
 名前の欄を見る。日に焼け、水に滲んで、霞んでいるが『仁志』という文字が確認できた。
「よし!」
 改めて気合いを入れ直すと、錆びた鉄の階段を上り始めた。コツコツという浅倉南の足音を、電車の騒音が打ち消していく。
 2階の玄関にはドアがなく、強い西日が直射している。足元には、踵が潰れ、土とコンクリで汚れたゴミ同然の靴が乱雑に散らばっている。
 学校指定の黒い皮靴を脱ぎ、白い靴下で上がり框を登る。そして、振り返り、膝を揃えて屈み、靴を脇に並べる。
 それから徐に立ち上がって、暗く湿った廊下を奥まで見遣る。幽霊でも出てきそうな雰囲気に、思わず息をのんだ。廊下の両側に三つずつ部屋があり、行き止まりに、共同のトイレと洗面台、そして、コイン式のシャワーがある。
 ギシッ!
 白い靴下で踏み締めると、床板が甲高い悲鳴を上げて、いよいよ不気味さが増す。
 足元には、国産の安物ウィスキーの空瓶と競馬新聞の束が捨て置かれて歩きにくい。
 奥の北側の部屋に辿り着くと、薄汚れた木目の引き戸をノックする。
「あん?」
 部屋の中から、低く呻くような返事がした。
「仁志さんのお宅でしょうか?」
「……」
「すいません。あの、交通事故について聞きたいことが……」
「新聞? 雑誌?」
 引き戸は開かず、心底苛立った声だけが漏れ聞こえる。
「いいえ違います」
「……
「私は、同級生で幼馴染で……」
「……」
「事故の真相を知りたいんです!」
 初め、初対面の相手に対して、警戒と遠慮から声も小さく控え目だったが、次第に大胆になり、ついに胸の内で燻ぶり続けている感情を大声で解き放った。
「あっ!?」
「お?」
 その途端、引き戸が開いた。浅倉南とその部屋の住人の男の目がいきなり合って、互いに驚きの声を上げた。
 男は、ぎょろりと瞳を剥き出し、頭をバリカンで無頓着に刈り揃え、がっちりとした顎には無精ひげを生やしている。
 また、ランニングシャツにモノトーンのトレーニングウェアを粗野に羽織っている。筋肉隆々という訳ではないが、強靭な繊維がぎっしりと束になっていて、まるでボクサーのような躍動感に溢れている。まさに野獣のような印象の男である。
「本当に高校生だ……」
「はい」
「……ちぃッ」
 男は厄介そうに、舌打ちをした。
「折角だけど話すことは何もないぞ。有望な高校球児だったか知らねえが、こっちも散々マスコミに追い回されてトコトンうんざりしてんだ」
「すいません。でも一つだけ、何故警察に電話されたのでしょうか?」
「ああ?」
「救急車じゃなく警察にされたのには、何か理由があるんじゃないのですか?」
「知らん」
 男は吐き捨てるように呟いて、無精髭の頬を掻く。
「でも……」
「でももへったくれもない。いい加減にしろよ。俺が怒りだす前に帰んな」
 言って、引き戸を閉めようとするが、浅倉南はそれを手で制した。
「どうしても真相が知りたいんです」
「俺には関係ない。帰んな」
「帰りません」
 浅倉南は強く睨みつける。
「しつこいぞ、ガキ」
 男も、眼光を鋭くして凄んでみせる。
「教えて下さい」
 浅倉南は一切怯まず、瞳を潤ませて必死に訴える。小鳥の囀るような美しい声と円らな瞳が、類まれな愛嬌となって、見る者すべての心を燻ぶる――筈だった。
「面倒くせえなぁ。だから、あの時、通報するんじゃねえと反対したんだ」
「やっぱり別に女性の方がいらっしゃったのですね。その方の話を聞かせて下さい」
「知らんわ!」
「でも今!」
「知らんしらん、帰れ!!」
 男は声を荒げると、強引に引き戸を閉めてしまう。手を挟まれそうになって、浅倉南は咄嗟に手を引いた。

 部屋は六畳一間で、北側に出窓のように張り出して流し台があり、東側には押入れ、西側の壁際に小さなテレビとテーブルが置かれている。そして、色あせた畳の上には万年床の湿った布団が敷かれている。
 その男、仁志和雄は布団の上に胡坐をかく。そして、飲みかけのウィスキーを口に運んだ。北側の窓は、西日で鮮やかなオレンジ色に染まっている。
「……うざい小娘だ」
 仁志は、じっと引き戸を見詰める。その向こうに、まだ人の気配が残っている。

 浅倉南はそのまま廊下に立っている。
 負けたくないと思った。
 男が嘘を付いているのは間違いない。女をかばっている。それが妙に癇に障るのを自分自身で奇妙に感じていた。得体の知れない感情が胸の内で渦巻き、諦める選択肢を自ら放棄している。
 浅倉南は、上杉和也の交通事故の真相を知りたい、という当初の目的から逸脱しつつあることに全く思い至らずにいる。
 その時、外から自転車の倒れる音がした。誰かがサドルのない自転車を倒したのだろう。その後、足音がどんどん近付いてきて、ついに階段を上るカンカンと言う音が聞こえ始めた。
(不味いか?)
 さすがに浅倉南の心に警戒心が蘇ってきた。
 脳裏に昨日の上杉達也の声が蘇ってくる。
 帰宅してから、この地区の事を質問した。『あの辺の事情は知らない。最近行った事もないし、知り合いもいない。けど、そこらの住人たちは少し苦手かも』
『苦手かどうかというなら、みなみも、どちらかと言えばそうかも……』
 最近の地価高騰から地上げ屋が横行して、虫食いのように空き地が増え、残った家も空き家ばかりとなっている。治安は急激に悪化して、残っている連中は曰く付き者ばかりと噂されている。
 浅倉南は、すでに訪問する事は決めていたが、さすがに多少の不安もあり、少しでも情報が欲しかった。しかし、当然、上杉達也は何も情報を持っておらず、嫌悪感を僅かに言葉の端に匂わせただけだった。
(こういうのを前門の狼に後門の虎……というのかしら、あれ、逆だっけ?)
 その時、引き戸が開いて、男が「入れ」と顎で促す。
「はい」
 浅倉南はきつく唇を結んで決意を顕し、力強く歩を進めた。
 男は敷布団の上に胡坐をかき、浅倉南は調度男とテレビの間に正座する。
「仁志さん、教えて下さい。何を見たのですか?」
「……」
 その男、仁志和雄は口をへの字にして、視線を左右に揺らして、真っ直ぐに浅倉南を見ない。
「にし……」
「しっ――」
 浅倉南はやや苛立った声で、もう一度名前を呼び、告白を促そうとするが、仁志は口の前に人差し指を立てて、ゆっくりと視線を廊下へ誘導する。それで、ようやく浅倉南も足音の存在を思い出した。
 二人は息を潜めて引き戸の向こうの足音を聞く。
「やれやれ」
 そして、ガタガタと引き戸が閉まり、足音がふぅーと消えると、仁志はようやく大きく息を吐いた。
 浅倉南は真っ直ぐに仁志を見詰める。この視線で、素直にならない男は未だかつていない。
「俺は警察で話した事しか知らんぞ」
「女性の方が一緒だったのですね?」
「そうだ。あいつが見ていた。それで、独りで騒ぎ出して警察に電話しやがった」
「お名前は?」
「シャロウ……とか言ってた」
「その方は今何処に?」
「分からん」
「どうやって連絡を?」
「向こうから電話がかかってくる」
「……」
 浅倉南は思わず口を閉ざして、前のめりだった身体を徐に引き、膝の前辺りを見詰めてじっと考える。
 矢継ぎ早に質問したが、何も得るものはなかった。だが、男は嘘を付いていないが隠していることがある、と確信する。とにかく、その女に会わなければならない。そう思った時、苦い想いが込み上げてくる。
 男性ならば、今この男を懐柔したように何とかなるが、大人の女はそう簡単ではないかもしれない……。大人の女は苦手だ、と初めて自覚した。
「それじゃ、女性から連絡があればすぐに教えて下さい」
「バカか?」
「え?」
 浅倉南は心底驚きの声を上げる。
「お前にそんな義理はない」
「みなみは幼馴染で生まれた時から仲が良くて……」
「知るか」
「彼は運動神経がよくて、凄くしっかりしていたのに……」
 言いながら、浅倉南の瞳に涙が浮かんできた。何度自分に、これ現実だ、と言い聞かせても、納得できないものはできないのだ。
「うるさい。さっさと帰れ」
 仁志は、腕を掴んで立たせようとする。一貫して素っ気ない。
「お願いします」
 浅倉南は、逆に、その腕を両手で掴んで縋った。
「貴方だけが頼りなんです」
「しつこい……」
 図らずも、浅倉南にぐっと引き寄せられて、仁志は間近で浅倉南の顔を見た。途端にその動きが止まる。
「あんた、よく見ると……綺麗な顔をしているな」
 思わず心の声がもれたように囁く。
 浅倉南の瞳がカッと見開く。もう一押しだと直感した。
 次第に、顔が近付いて行く。
 浅倉南は目を閉じた。
 刹那、キスぐらいなら許してもいいだろうと思う。その代償として、貴重な証言を得られるのならば本望である。
 相手は粗野な男なのだから、初めから触られるぐらいの覚悟はあった。さらに言えば、可能性として、唇を奪おうとしてくることも考慮していた。ただし、心の片隅に、自分ならば闘牛士の如く華麗に男の欲望を捌き切れる、という固い確信も存在している。
「……」
 だが、そのタイミングが来ても、唇に何の感触もない。思わず瞳を開きかけると、肩を強く押された。そして、畳の上に仰向けに倒れてしまう。
「お前みてぇなションベンくさい小娘に興味はねえよ」
 仁志は浅倉南の乱れたスカートの裾を摘まみ上げて笑う。そこには、小さなピンクのリボンのついた白いパンティーがある。
「綿のお子ちゃまパンツを卒業したら抱いてやらぁ」
 乱暴に言い放って、スカートの裾を太腿に叩き付けるように振り下ろす。そして、テレビのスイッチを入れて、ウィスキーをグラスに注ぐ。一口飲んで、喉の焼けるような感触に心地よく顔を顰める。
「……」
 浅倉南は一人で起き上がり、乱れたスカートを直すと、黙ったまま廊下へと出ていく。
「おっ、もう野球始まってんじゃん」
 その背中に、自分勝手な男の声がする。

 気が付くと、バス通りの幹線道路を歩いていた。
 どうやって、あのアパートを後にしたのか、どうやって路地裏を抜けたのか、記憶がはっきりとしない。
 だが、言い尽くせぬ屈辱感が心にしっかりと刻み込まれている。
「このままじゃ許せない……」
 こんな扱いは初めてだった。
「私は浅倉南。同級生から頼られ、先生たちに信頼され、上級生に期待され、下級生が憧れる……そんな女なのよ!」
 唇が震える。そして、足元に缶が転がっているのが目に入った。何もかもが自分を邪魔しているように思えて、咄嗟にその缶を蹴り飛ばす。
「絶対に証言させる!」
 熱く火照った頬を冷たい滴が流れ落ちていく。
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