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ソウルボイス
作者:ブルー
公開
12. 卒業式
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12/12

 そして、月日は流れ--。

 俺はふたたび青葉台高校の校門前にやってきた。
「変わってないなー、この学校も。1年半前だから当たり前か」
 たった1年半前のことなのに懐かしく感じる。
 転校した日のことが遠い昔のようだ。
 あの時は夏本番のまっただ中だったが、いまは桜の花びらが舞い、早い春の訪れを感じさせる。
 校門には大きな立て看板が立てかけられ『第35回 青葉台高等学校卒業式』と書いてある。

(茜ちゃん、どんな顔するかな。連絡もしないでいきなり帰ってきたから驚くだろうな……)
 この日のためにスーツを着てきた俺はキョロキョロと周りを見渡した。
 講堂ではついさっきまで卒業式が行われていた。
 卒業式を終えた生徒と父兄がぞろぞろと出てきている。
 かすみや波多野や、他にも懐かしい顔もたくさんあった。女子の中には友達との別れを悲しむようにハンカチで目頭を押さえている生徒の姿もある。
(あっ、いたっ!)
 卒業生たちの中に制服姿の森下さんを見つけた。
 すこし背が伸びた気がする。ピンクのリボン、昔と変わらないポニーテール。胸には卒業証書の筒を大事そうに抱えている。
「茜ちゃん!」
 俺は思いきって声をかけた。
「えっ!」
 森下さんは驚いたように俺を見た。
 すぐに明るい笑顔に変わる。
「おかえりっ!」
 森下さんはあの日と同じように俺の腕に飛び込んできた。
「約束通り迎えに来たよ」
「うん。信じてた」
「茜ちゃん、ちょっと胸大きくなった?」
「バカっ」
 ・
 ・
 ・

 1年前の冬--。
 慣れない手紙を書いていると家のインターホンが鳴った。一度は玄関を閉めた後、気になって靴を履いて道路まで出てみると街路灯の下に森下さんが立っているのを見つけた。
 外はすでに真っ暗で、綿のような雪がバカみたいに降っていた。
 彼女の頭とコートには薄らと雪が積もっていた。
 俺が「そんなところにいると凍っちゃうよ」と声をかけると、森下さんは白い息を吐いて「学校サボちゃった」といった。
 その日はたまたま両親と妹は祖父母の家に出かけていて俺が1人で留守番をしていた。
 バスは止まっていたし、電車も動いてなかった。
 寒さと降り積もる雪で静まりかえった場所にいつまでも立たせておくわけにはいかなかった。
 リビングのストーブをつけ、彼女に毛布とタオルを渡した。俺はその間に電子レンジでミルクを温めてホットココアを作った。
 ソファーに座った森下さんは「あったかい」といって、凍えた指先をマグカップで温めるように持っていた。
 それから全部話してくれた。
 クラスメイトと先輩がグルだったこと。スケートデートに行った帰り、大雨が降ってラブホテルに立ち寄ったこと。ずぶ濡れになってシャワーを浴びている間に服や下着を隠されたこと。急に体がフワフワして気がついたら先輩に抱かれていたこと。その時の写真で脅されていたこと。俺に嫌われたくなくてウソをついていたこと。森下さんは正直に話してくれた。
 ボロボロに泣きながら、森下さんは何度も「ごめんなさい」「ほんとにごめんなさい」と謝っていた。
 直接伝えるために電車とバスを乗りついで俺に会いに来たのだ。
 俺はなにも言う気になれなかった。先輩に脅されていたのは薄々気づいていた。狙っている女子をデートに誘って、隙を見てクスリを仕込むのがあいつの手口なのだと、後で木地本が教えてくれた。森下さんも気づかないうちに飲み物にクスリを入れられていたのだ。ただ、当時の俺はひどく混乱していたし、現実を受け止めるだけの余裕がなかった。
 いつのまにか俺のシャツの胸の辺りは、彼女の流した涙によって暖かく湿っていた。
 子供みたいに泣きじゃくる彼女の、小刻みに震える肩に腕を回していると、俺に森下さんを責める資格はないのだと思った。もし森下さんを苦しめている奴がいるとすればそれは俺自身だ。
 遠く離ればなれになり先輩に抱かれたけど、俺と森下さんの心はいまも繋がっているとわかった。
 それで十分だった。
 俺がやるべきことは、彼女の頬につたう涙を親指で拭ってやり「もういいよ。なにも問題ないよ。だれも悪くないよ」と声をかけることだった。
 森下さんに泣いてほしくなかった。


 転校する前にデートをした、思い出の砂浜を2人で歩きながら「ねえ、しばらくはこっちに居られるのよね」と森下さんは俺の顔を覗き込むようにしていった。
 水平線と空の境界がオレンジ色に染まり、はるか沖にタンカーが航行していた。
 潮の香りを含んだ風が森下さんのポニーテールをなびかせていた。
 俺は「2、3日、木地本のところにやっかいになるつもりだよ」と答えた。
「わたしの家に泊まればいいのに。パパもママもすごく喜ぶわよ」
「さすがにマズいよ」
「木地本くんたち結婚するのよ」
「夏には家族も増えるらしいよ。順番が逆っていうか」
「いいなあ」
「風間さんも新婚早々大変だろうね」
 思えば木地本にはいろいろと世話になった。
 俺が音信不通になった時、自分のことのように動き回ってくれた。電話口で風間さんに本気で怒られたのはいい思い出だ。彼女と木地本がいなければ、こうして森下さんと並んで歩くことは二度となかったはずだ。
 あいつには一生頭があがらないと思う。

 俺と森下さんは4月から東京の大学に通う。
 2人で暮らすマンションを探しているところだ。
 あの夜、ヤリチ先輩はバイク事故で死んでしまった。場所は県境の国道で、右折しようとした大型トラックの荷台部分にトマトを投げつけたように衝突した。ほぼ即死だったらしい。雪で路面が凍結した深夜に先輩がどこへ行こうとしていたのか、何を取り戻そうとしていたのかは誰も知らない。粉々に砕け散ったスマホだけが先輩の目的地を示していたはずだ。それ以上は何も知らないし、俺たちの話題にものぼらない。打ち寄せる波が足元の砂をさらって足跡を消すように、あの辛い出来事さえ過去の一部になってしまった。
「あのね--」
「なに? 風の音でよく聞こえないよ」
「うふふ。なーんてね」
「なんていったの?」
「教えてあーげない」
 すこし風が寒いのか、森下さんは身をすり寄せるにして俺の腕にくっついてきた。
 森下さんのぬくもりが腕を通して伝わる。
 とても穏やかに時間が流れるのを感じた。
「ねえ、夏になったら2人だけで旅行に行きましょう」と森下さんがいった。
「国内? 海外?」
「べつにどっちでもいいけど、南の方がいいわ」
 俺も同感だと答えた。
 また森下さんの水着姿が見れる。あの時よりも少し大人になった。
 きっと赤いビキニを着るだろう。
 彼女に視線が集まり、俺はまたやきもきすることになる。
 でも、それでいい。それが俺と森下さんにとって自然なのだ。
 いまは静かに波が打ち寄せていた。
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