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ふしぎなお風呂のかがみ姫
作者:しょうきち
公開
07. 過去編⑥~クロス・ザ・ルビコン~
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 あれから一晩経った翌日。
 魅羅の母は、意を決してヤクザの男が残した名刺に書かれていた番号に電話を掛けていた。
 果たして鬼が出るか、蛇がでるか……。
 男が残していった番号とは、風俗の求人受付ダイヤルであった。そして事情を話したところ、一軒の風俗店を紹介された。その風俗店は、店名をソープランド『aquarium』といった。
 ソープランド『aquarium』とは、首都圏の一都三県においてソープランド、ファッションヘルス、イメージクラブ等複数の風俗業を経営するアフロディーテ・グループが持つ店舗の一つである。
 ギリシア神話における愛と美の女神を会社名に持つ、アフロディーテ・グループとは、10年程前に設立され、現在急成長を続けている新興の風俗業運営会社である。
 職員の福利厚生等が顧みられることの少ない風俗業界にあっては革新的な、衛生管理や充実した研修制度といった、女性の働きやすさを売りにしていた。
 カジュアルなイメージを中心とした宣伝にも力を入れており、都内の繁華街を歩いていると、『ア~フロ、アフロ高収入~』といった特徴的な宣伝ソングを流しながら走る宣伝トラックを目にしたことが有る者も多いのではないかと思われる。
 面接へ赴いた魅羅の母は、20年前の風俗業界とは全く違う、まるで一般企業の入社試験のような極々普通の面接に、逆に面食らっていた。
 年齢は40歳を超えているものの、年齢を感じさせぬ容姿や体型、そして過去培った経験を見込まれ、魅羅の母はあっさりと入店面接に合格し、20年ぶりにソープ嬢『玻璃』として復帰することとなった。

 そして三日後、初出勤の日を迎えた。
 子供たちのため、名も知らぬ男に抱かれてくる覚悟を決めた母親の姿は、魅羅の目には凄艶な美しさに映った。
 緊張のためか、心なしか頬がこけ、目の回りも影がかって見える。
「それじゃ、行ってくるわね。割たちのこと、お願いね……」
「母さん……」
 だがその時、悲劇は起きた。魅羅の母が家を出た、その直後であった。
 玄関の向こうから、微かにドサリという音が聞こえた。何事かと魅羅が見に行くと、先程家を出た筈の母が倒れていた。
「っ……、母さん!? 母さーん!?」
 魅羅は即座に119番を押し、救急車を呼んだ。父を失った直後とあって、母親に万が一の事態が起こるかもしれないという恐怖に、魅羅は怯え、狼狽した。
 結局、魅羅の母親は即日検査入院することとなった。
 詳しい病状はCT検査の結果を待つことになるが、医者の見立てでは婦人系の病気、即ち子宮に何らかの病気が起こっている可能性が高いとのことであった。
 検査の結果は後に分かる事になるのだが、結果だけを先に述べておくと病名は『境界悪性卵巣腫瘍』であった。
 卵巣は、別名『沈黙の臓器』とも呼ばれており、数においても種類においても最も腫瘍ができやすい臓器であるにも関わらず、自覚症状が表れにくい。
 魅羅の母もここのところ、やや体のだるさを感じてはいたものの、夫を亡くした事や再び風俗の仕事を始めなくてはならない緊張感やストレスによるものだと考え、自身の体の不調には全く無自覚であった。
 専業主婦ゆえにこれまで定期健康診断を受けていなかったことも、発見が遅れた一因であった。
 卵巣への悪性腫瘍、即ちがんではあるものの、現代医療においては適切な治療を施せば決して治らない病気ではない。
 しかし、子宮摘出を伴う手術、複数回に渡る抗がん剤治療など、完治までには辛く、苦しい道のりが待っていることとなる。


 病院に母を残し、保険証や宿泊のための生活用品を取りに家に帰ると、電話がひっきりなしに鳴っていた。魅羅は受話器を手に取った。
「はい、鏡です」
「あ、『玻璃』さん? 何してるんですか、早く来て下さいよ。困りますよ。今日は初出勤の日なのに」
 どうやら電話の主は、母の勤め先のソープランド『aquarium』の店員の様であった。魅羅の事を母と勘違いしている様子である。
 そういえば、魅羅の声は母とよく似ていると言われていたものだった。
「あ、あの、私、娘の魅羅です……。母は急に倒れて……病院に……」
「ハァ? そんな冗談どうでもいいですから、早く来てください。もうお客様、来ちゃいますよ!?」
「いや、ですから私は娘で」
「じゃあ、娘でも何でもいいですから、早く来てくださいっ!」
 ガチャリと電話が切られた。鏡家の固定電話はリダイヤル機能がついておらず、今しがた電話がかかってきた電話元へかけ直そうにも、電話番号が分からなかった。それ以前に、たとえ再び電話をかけてもあの剣幕では理解してもらえそうになかったが。
 そこで、気は進まなかったが、魅羅はソープランド『aquarium』へ事情を説明するため、直接赴くことにしたのであった。
 この判断が運命の分水嶺になる事に、今はまだ気づいていなかった。
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