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茜 Lost Virgin
作者:ブルー
公開
05. 廊下
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「はあー」と茜はため息を吐いた。窓枠に腕を横にして顔を乗せた。

 まさとは不思議そうに「どうしたの。ため息なんかして。らしくないよね」と言った。休憩時間の廊下には次の授業が行われる教室に向う生徒やトイレに駆け込む生徒、準備をすませ友人らと雑談する生徒が大勢いた。体操服の入った着替え袋を大事そうに抱えた女子生徒の集団が茜とまさとの後ろを通り過ぎて行った。茜は体を起こしてポニーテールをサラサラ揺らした。
「ううん。なんでもない」
「そのわりには暗い顔してたけど?」
「そうかな。……ちょっとね、クラブのこととか考えてただけよ」
「クラブ?」
「うん。そうよ、クラブのことよ。ほら、県大会近いでしょ?」
「去年はベスト8だっけ。今年はもっといけそう?」
「うん。まあね……」
 歯切れの悪い返事をして茜は窓の外を眺めた。空には凍てついた海のような青空があって厚みのある雲がポツンと浮かんでいた。まさとと話しているというのに茜の心にはどんよりとした雨雲が垂れ込めている。まさか部室で良美とあんなことになるとは。思い出しただけで顔から1メートルぐらい火を噴きそうだ。しかもどういうわけか良美は昨日今日と学校を休んでいる。もしかしたら自分のことが関係しているのだろうか。そうすると茜にも責任があることになる。考えれば考えるほど雪が降り積もるように茜の心は重たくなっていった。
「ねえ」と茜は言った。「あの雲。なにに見える」
「くも? ああ、雲ね。うーん。そうだな。森下さんかな」
「わたし?」
「うん。右側がポニーテールで左側が横顔に見えない?」
「そう言われればそう見えるかも」
「森下さんはなにに見えた?」
「えーっと……金魚…かな」
「金魚か。女の子らしい発想だよね」
 茜はチラリと横目を向けた。まさとは窓枠に手を置いて空を見上げている。2人の間には微妙な距離があって、それがいまの関係を象徴しているようでもどかしく感じられた。もっともっと仲良くなってずっとこうして一緒に話をしていらるような関係になれたらいいのに。
「小笠原くんってさ。キス……したことある? だれかと」
「どうしたのいきなり?」
 まさとはいささか驚いたふうに茜を見た。それから少し首をかしげ、窓の外に身を乗り出すように体を伸ばした。潮の香りを含んだ初夏の風が校舎に飛び込んできた。時計台の針はまるで止まっているかのように固まっていた。影が短く伸びている。中庭の池に太陽の光が反射してキラキラと輝いていた。夏はもうすぐそこまで来ている。
「まだないよ。そういう相手もいないしね」
「そっか。そうなんだ」
「森下さんはあるの?」
「え、わたし??」
「うん。どうして驚くの?」
「べ、別に驚いてなんかないわよ」
「そう。なんか焦ってるようにも見えるけど」
「気のせいよ」
「気のせいなんだ」
「そうよ。キスはその……えっと……あの……」
 茜は窓に背を向け、意味もなく教室のほうを見た。目を泳がせモゴモゴと口を動かす。まさとは不思議そうに首をひねっていた。
「秘密よ、秘密。女子には言えないことがたくさんあるのよ。もう時間だから戻るね、わたし」
 ヒラリとプリーツスカートをひるがえす。茜はポニーテールを揺らして包帯の足をかばいながら小走りに走っていった。
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