S ーエスー
作者:ブルー
公開
01. アイドル・藤崎詩織
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 夏の気配が近づいて来た6月--。
 夜に降った大雨がウソのように翌朝は雲一つない青空が広がっていた。
 教室に到着すると、男子が何カ所かに別れて人垣を作っていた。前の奴を押しのけるようにして何かを熱心に覗き込んでいる。女子はその様子を遠巻きに眺めている。
 俺は自分の席に荷物を置いた。
 好雄が「よお!」とやって来た。
 オレンジ色の前髪を女子受けを狙った無造作ヘアにして、こざっぱりとした顔立ち。カッターシャツに学生ズボンの夏服の格好をしている。身長は俺よりちょっと低い程度で標準的な体格をしている。情報ツウでとくに可愛い女の子には目がない。放課後にはゲーセンに寄り道したりしてよくつるんでいる。お調子者なのが欠点だが、見た目通り気の置けるいい奴だ。
 朝からニヤついてるのを見て「ご機嫌そうだな」と返事をした。
「何かあったのか? ざわついてるみたいだけど」
 人だかりの方を見て顎を動かした。
「のんきな奴だな。知らないのか?」
「新作ゲームでも出たのか」
「これだよ、これ。目ん玉ひんむいておがめよ」
 好雄は手に持っていた一冊の雑誌を机に置いた。
「BONB? 今日発売のアイドル雑誌だろ」
 若い男性が購買層のアイドル雑誌だ。コンビニでも売っている。教科書などと同じA5判サイズで、アイドルの水着グラビアが売りだ。俺もたまに好雄に借りて読むことがある。グラビアの他にインタビュー記事やアイドル同士の対談、撮影秘話やプレゼント企画などもある。
 7月号と書いてある表紙に間違い探しのような違和感を感じた。
 俺のよく知っている女子がすまし顔で載っていた。あまりにも堂々としすぎてて逆に見落としていた。
「詩織じゃないか!」
 思わず雑誌を手に取った。
 タイトルを押しのけるように制服姿をした詩織の肩から上のショットがある。
 艶やかなストレートヘアにトレードマークのヘアバンド。前髪は細い眉にかかる程度に伸ばして、吸い込まれそうな愛くるしい瞳。鼻すじはスッとして、花びらを重ねたような唇の隙間からは白い歯がわずかにこぼれている。一つ一つのパーツが卵形の輪郭にバランス良く配置されて、まるでアニメのヒロインのような大人っぽさとあどけなさが同居した顔立ちをしている。
 きらめき高校の制服は空色をしたオーソドックスなセーラー服で、胸には黄色い大きなリボンが飾られている。
 いつも通り完璧かつ清楚な美少女っぷりだ。芸能人オーラを遺憾なく発揮している。目の肥えたアイドルファンも100点満点で満足するだろう。横には『いま話題の新人アイドル・巻頭グラビアデビュー!!』と書いてあった。
「度肝を抜かれたろ」と好雄が得意げにいった。
 朝から男子がざわついている理由を納得した。他の教室でも似たような感じだろう。
 同級生の女子がアイドル雑誌の表紙を飾っているのだ。騒ぐなと言う方が無理な話だ。
「他のページも見ろよ、お宝てんこ盛りだぜ」
「アイドル雑誌のグラビアはどれも大差ないだろ」
「とかなんとかいって。本当は見たくてウズウズしてるくせに。素直じゃないなぁ」
「好雄が欲望に正直すぎるだけだろ」
「いいからいいから。俺に遠慮するなって」
 しゃくにさわるが図星だ。
 俺は椅子に座り直して表紙をめくった。
 1ページ目は教室の黒板をバックにこちら向きに立って、おだやかなアイドルスマイルをした全身ショットだった。
 片手で肩にかかった髪を背中に払って、セーラー服と同じく空色をした膝丈のプリーツスカートからはスラリとした美脚が伸びている。くるぶし丈の靴下は白にワンポイントの入っていて、ブラウンの上品なローファーを履いている。清楚さ満点といったショットだ。
 黒板には白とピンクのチョークで桜の花びらが散っているイラストが描いてある。どこかの学校を借りて撮影しのだろう。少なくともきらめき高校ではない。よくあるアイドルの制服姿のグラビアだ。
 プロフィール欄には『藤崎詩織 高校2年生(17歳) テニス部所属 身長158 B84W56H85 異性との交際経験なし』と書かれてある。
 次のページには、床がピカピカに磨かれた体育館で、白地に校章の入った体操シャツに水色のブルマ姿という服装をして、バレーボールを頭の上に掲げているグラビアだった。キョトンとした様子で正面を見つめている。ピッチリとしたブルマ姿が健康的でまぶしい。体操シャツが軽くめくれて引き締まった腹部がチラリと見えている。『圧倒的な透明感! スーパー美少女の誕生!』という煽り文句の他に、詩織の言葉で「ブルマ姿はやっぱりちょっと恥ずかしいです(笑)」と書いてある。
 俺はさらにページをめくった。
 3ページ目は赤いビキニ姿のグラビアで、プールサイドに立って太陽の光がまぶしそうに片手をかざしている。制服姿とのギャップがすごい。均整の取れたスタイルで、色白の肌はすべすべでシミひとつない。ビキニショーツの食い込みもなかなかだ。『学校ではおとなしい方の私だから、今日はドキドキしちゃう』と書いてある。
 最後のページは、保健室のベッドに腰をかけて座っている一枚だった。両手を左右に着いて、ちょっとアンニュイな様子でこちらを見ている。後ろの窓が開け放たれて、風でカーテンがなびいている。白いソックスの両足を揃えて両膝はピッタリと閉じられているが、スカートの奥が見えそうで見えなくてとても気になる。煽り文句には『私を大人デートに誘ってくれる、ステキな彼氏が早く欲しいな』と書いてある。
 グラビアの最後には撮影したカメラマンの名前が載っていた。
 俺の知っている詩織とは別人の詩織を見たような気がした。アイドル・藤崎詩織っていう感じだ。
「詩織ちゃんって可愛いだけじゃなくてスタイルもモデルみたいに抜群だよな」
 好雄がどうだと言わんばかりに口にする。
 詩織のスタイルの良さは体育の時間に他の女子と並ぶと一目瞭然でわかる。腰の位置が周りの女子より一つ分ぐらい上にあって、脚がスラリと長い。
 なので体操着の写真は学校内でも高値で取引されている。
「中学からテニスをしてるからな」
「胸も思ったより大きいし。90ぐらいありそうだぜ」
「本人に聞かれたら間違いなく殺されるな」
 さすがに90は大げさだが88ぐらいはあるかもしれないと思った。ビキニの胸元はいまにもこぼれそうだ。元々スレンダーな体型なので数字以上に大きく見えるのかもしれない。
「これでまたファンが増えるな」
「それが仕事みたいなもんだからな」
「お前も感動しただろ」
「水着ぐらい水泳の授業で見れるだろ」
「わかってないな。こういう控えめなのがポイント高いんだろ。楚々とした詩織ちゃんの魅力が伝わってくるだろ」
「写真に性格までは写らないからな」
「詩織ちゃんは性格もいいだろ。誰に対しても優しくて明るくて」
「機嫌がいい時はな。あいつも雑誌に載るんだったら教えてくれればいいのに」
 俺は窓側から2列目・前から2番目の席に視線を移した。
 そこだけポツンと空席になっている。
 俺の視線に気づいた好雄が「詩織ちゃんは今日も休みなのかな」と残念そうに言った。
「ここのところずっと休みだな」
「ドラマの撮影が忙しいんだろ」
「連絡取ってないのか」
「仕事で帰りが遅いしな、いっつも」
 何を隠そう詩織は俺の幼なじみだ。家がすぐ隣で幼い頃からずっと一緒に育ってきた。
 小中高どころか幼稚園も同じで、家族ぐるみの付き合いをしているので母親を通じて情報が逐一入ってくる。
「なあ、詩織ちゃんのサインをもらってくれよ」
「この本に?」
「そそ。本人のサイン付きならプレミアもんのお宝だろ」
「自分で頼めよ。そのうち学校で会えるんだし」
「ムリムリ。俺なんかが近づく隙間もないだろ」
「しょうがないな」
「サンキュー。恩に着る。それにしてもあっという間だったよな」
「なんだよ、急に」
「つい半年前まで一般人だったのが、いまや日本中の誰もが知ってるトップアイドルだぜ」
「詩織はやると決めたらとことんやるタイプだからな。案外アイドルが向いてるのかもな。大勢のファンに注目されるのも嫌いじゃないだろうし」
 去年、たまたま雑誌に載った(学校帰りに声をかけられて撮影した)写真をきっかけに芸能事務所にスカウトされた。それから清純派アイドルのイメージを武器にトップアイドルへの階段をあっという間に駆け上がった。
 デビューシングルは初登場でオリコン1位を記録し、駅の地下通路には詩織をイメージキャラクターに起用した飲料メーカーのポスターが所狭しと貼られている。いまではCMやドラマ、女性ファッション誌のモデルなど引っ張りだこだ。
 なので、そのうちこういう仕事もあるんじゃないかと思っていた。アイドルとグラビアは切っても切り離せない。
 実際に目にした時は、詩織の水着姿がスケベな男達の目に晒されてるような気がして複雑な気持ちがした。詩織はこれもアイドルの仕事として割り切っているかもしれないが。

(帰ったら電話してみるかな)
 ひさしぶりに詩織の声を聞きたくなった。
 もうずいぶんと詩織と会っていない気がする。近くにいるのが当たり前すぎて、大事なピースが欠けているような気がする。
 HRを告げるチャイムがなった。
 教室に担任教師が入って来て、俺は雑誌を机の中に押し込んだ。
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