S ーエスー
作者:ブルー
公開
02. 突然の訪問
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 夕食前--。
 台所から食欲をそそるいい匂いがする。
 俺はリビングのソファーに座ってテレビを見ていた。
 テレビでは歌番組をしていた。ちょうど赤いドレス姿の詩織が歌っているところだ。
 スモークが立ちこめたステージでマイクを片手に控えめなステップでリズムを取っている。ミニ丈のスカートからは色白い美脚が伸びている。時折、カメラ目線で清楚なスマイルを振りまいている。こういうアイドルアイドルした衣装もよく似合う。
 カメラはしきりに詩織の表情をアップで映していた。いつもと同じでメイクはほとんどしていない。トレードマークのヘアバンドのかわりにリボンをして、唇に薄いピンクのリップを塗っている程度だ。それでも十分キラキラと輝いて見える。
 歌っているのはデビュー曲の『教えて、Mr.stady』で、ポップな曲調と初恋に悩む少女の気持ちを表した歌詞だ。詩織が出演しているシャンプーのCMでイメージソングに使われている。
 玄関のインターホンが鳴った。
「誰だよ、こんな時間に」
 俺は文句を言った。
 チャンネルをテーブルに置いてソファから立ち上がった。リビングを出て「はーい」と玄関のドアを開ける。
 そこには、野球帽にサングラスとマスクをした奴が立っていた。モスグリーンのミリタリージャケットにジーンズ、右肩には小さなリュックを提げて星のマークがデザインされたスニーカーを履いていた。
 昼でもないのにサングラスという時点で怪しい。押し売りか何かだと思った。
「こんばんは」
「悪いけど新聞なら間に合っています」
 さっさとドアを閉めようとした。
「ち、ちがいます」
「宗教の勧誘も結構です。うちは先祖代々仏教なんで」
「もぉ、わからないの? 私よ、私っ」
「え……? その声は……まさか詩織か??」
 目の前でマスクとサングラスを取る。帽子を脱いで首を軽く振った。
 絹のようなストレートヘアがハラリと広がる。
 魔法みたいに詩織があらわれた。悪戯っぽく微笑んでいる。
「じゃーん。驚いた?」
「ぶったまげた。誰かと思っただろ」
「うふふっ、ひさしぶりね」
「お、おう。……っていうか、どうしてここにいるんだよ。テレビに出演してるはずじゃ」
 素朴な疑問を口にした。
 リビングのテレビでは、いまもドレス姿の詩織がステージで歌っている。
「あれは収録よ」
「うそぉ、生放送だろ」
「普通はそうなんだけど、タレントのスケジュールが合わない場合は収録して生放送として流すの」
「詐欺じゃん」
「ここだけの秘密よ。今月は忙しかったから事務所がテレビ局にかけあってくれたの」
「どうして変装なんかしてるんだ」
「あのね、週刊誌の記者が家の前で張り込みしてるの」
「週刊誌の記者?」
 俺はつっかけを履いて玄関を出た。
 外はすっかり暗くなって街路灯の明かりが家の前の道路を照らしていた。
 詩織の家の斜め前の角にグレーのバンが隠れるようにして停まっていた。窓にはスモークフィルムが貼られている。この辺では見かけないナンバーだ。
 俺は玄関に戻ってドアを閉めた。
「あれが週刊誌の車なのか」
「事務所の人がいってたから間違いないみたい。最近、多いの」
「芸能人って大変だな。詩織のおじさんとおばさんはどうしたんだよ。家の灯りがついてないみたいだけど」
「知らないの?」
「なにを?」
「今日は用事で留守なの。私一人だと物騒だからあなたの家にお世話になるようにって。ほんとに聞いてない? 連絡してるはずだけど」
 そういえば学校から戻るとやけに母親の機嫌が良かったのを思い出した。スーパーでの買い物の量もいつもより多かった。
「母さんめ……わざとだな」
「ねえ、たずねてきた幼なじみをいつまでも玄関に立たせておくつもり?」
「わるい。とにかくあがれよ」
「うふふっ、おじゃまします」
 詩織は玄関で靴を脱いだ。
 スリッパをパタパタといわせて、まるで自分の家のように台所にいる母さんに挨拶しにいった。

 晩飯は母さんが腕によりをかけて作ったすき焼きだった。肉もいままで見たことがないような高い肉だ。
 父さんはビールを何杯も飲んで顔を真っ赤にした。2人とも詩織が遊びに来てくれたことがとても嬉しそうだった。俺よりも詩織にばかり話しかけていた。赤ん坊の頃から見てきた隣の家の子供が、テレビに出るような有名人になったのだから無理もない。昔は俺が詩織の家で晩ご飯をご馳走になったり、詩織がうちに来たりしてよくこうやって食事をしていた。鍋がすっかり空になっても団らんとした会話は続いた。

 食事を終えた後、俺は自室に戻って急いで部屋の片付けに取りかかった。
 床の隅々までコロコロをして、見られたらまずいものは全部押し入れに隠した。
 開けてあった窓を閉める。向かい側には詩織の部屋の窓がある。
 夜空には丸い月が出ていた。斜め下の先を見ると、あのグレーのバンが同じ場所に停まっていた。
 俺はカーテンは閉めた。
 しばらくするとドアをノックする音がして、風呂上がりの詩織が入ってきた。
「いいお風呂だったわ。すごくさっぱりしちゃった」と、手に持ったタオルで濡れた髪を乾かしている。
 若草色のTシャツにサイドに白いラインの入った葡萄色のハーフパンツだった。どことなく見覚えのある格好だ。
「どうしたの。変な顔で見たりして」
「いや、見覚えのある格好だと思ってさ」
「あー、これ?」
「中学のだよな」
「捨てるのももったいないし、部屋着として使ってるの」
「詩織らしいな。俺も中学のジャージまだ持ってるよ」
「この部屋も懐かしいわ」
 詩織は間違い探しでもするみたいに部屋の中を見回した。
 本棚に並んだマンガのタイトルを順番に眺めている。はじめて訪れたアクセサリーショップで、いろいろと商品を見て回るみたいに楽しそうだ。
 こうして眺めていると俺の部屋に詩織がいるのが夢なんじゃないかと思える。中学の時はなんとも思わなかったが、女子のハーフパンツのお尻もなかなか良い。いまさらだが1年ぶりぐらいに会った気がする。
「変わってないわね。小学生以来かしら」
「明日は学校に来れそうなのか?」
「うん。マネージャーに頼んで一日オフにしてもらったの」
「クラスのみんなも喜ぶよ」
「あ、これこれ。私があなたにあげたシール。ちゃんと残してくれてたんだ」
 勉強机の横に目つきの悪いコアラのシールが貼ってある。
 色あせて時の流れを感じさせる。
「詩織が勝手に貼ったんだろ」
「そうだったかしら」
「忘れたのか。公園の影踏みで俺が勝ったご褒美にさ」
「よく覚えてるわね、うふふ……あ、これ」
 詩織は机の上に置いてあった雑誌を手に取った。
 例のアイドル雑誌だ。
「すこし照れるわ。あなたも買ってくれたんだ」
「好雄に詩織のサインを貰ってくれって頼まれてさ。学校中が大騒ぎになってたぜ」
「好雄くんに?」
「べつに嫌ならいいんだけど」
「サインぐらいおやすいごようよ」
 詩織はペン立てにあったマジックで表紙にサインを書いた。
 ”好雄くんへ”と一緒にハートマークを書き足した。
 サインを書き慣れた感じだ。
「はい。どうぞ」
「好雄の奴、飛び上がって喜ぶぜ。絶対、家宝にするって言うはずだよ」
「公人(なおと)はどう思ったの?」
「どうって?」
「公人も見たのよね、その雑誌」
「本人を目の前にいわせるか、普通」
「いいでしょ。私が聞きたいんだし」
「まあー、可愛いなって」
「それだけ?」
 詩織が追求するように俺を見ている。
 こういう時の詩織はちょっと意地悪だ。
 俺に全部言わせたいらしい。
「ちゃんとアイドルをしてるなって思った」
「ねえ、どの写真が良かった?」
「やっぱり制服姿のかな。優等生っぽくて俺の知ってる詩織に一番近いだろ」
「優等生? それって嫌味?」
「ちがうちがう」
「ほんとに?」
「あと水着姿も健康的で大人っぽくていいよな」
「あ、いま話をごまかしたでしょ」
「マジマジ。スタイルがいいってみんな褒めてたぜ」
 冬になると、こたつに変わるテーブルに雑誌を開いた。ページは赤いビキニ姿をした奴だ。
 詩織は嬉しさ半分照れくささ半分といった様子だ。
 すぐ隣に本人が座っていると変な感じだ。
「すごく恥ずかしかったのよ。水着でのグラビア撮影もはじめてだったし」
「全然そんなふうに見えないのがすごいよな。堂々とポーズを取ってる」
「仕事だからよ。現場だと大勢のスタッフに囲まれてるし、私がぐずぐずしてるといつまで経っても撮影が終わらないでしょ。カメラマンの指示に次から次に応えないといけないのよ」
 撮影現場を想像しただけで大変そうだなと思った。
「これってどこで撮影したの? どこかの学校っぽいけど」
「都内の高校よ」
「撮影スタッフって何人ぐらいいるんだ?」
「メイクさんでしょ、衣装さんでしょ、あとアシスタントとか、10人ぐらいはいたかしら」
「へー、どんぐらい時間かるんだ」
「移動も含めると丸一日かかったわ」
「結構かかるんだな」
「撮る前に準備とか打ち合わせもあるのよ」
「衣装の着替える場所はちゃんとあるんだよな」
「当たり前でしょ。控え室が用意されていたわ」
 夢中になって話を聞いてるうちに詩織との距離がすごく近づいていた。
 視線を落とすと、Tシャツの胸元がチラリと見えた。
(もしかして……詩織、下着を身につけてないのか??)
 風呂上がりで肌が火照っていて妙に色っぽい。
 石鹸のいい匂いがした。女子の香りだ。
 ずっと嗅いでいたくなる。
「ねえ、ちゃんと聞いてる?」
「はっ……!? ああ、ごめん……」
「ぼーっとしてたみたいだけど? どこを見てたの?」
「べ、べつにどこも見てない見てない!」
「??」
「ちょっと風呂に入ってくる」
 詩織の視線を背中に感じつつ、俺は急いで部屋を出て階段を下りた。
 脱衣所で服を脱ぎはじめる。
 洗濯かごに淡いピンク色をしたブラとショーツが入っているのを見つけた。
 誰もいるはずがないのに周りをたしかめて手を伸ばした。
 ヒラヒラの薄い布きれで、左右に引っ張るとゴムみたいに伸びる。つい先ほどまで詩織が穿いていたショーツだ。
 シンプルなデザインをしたショーツには小さいリボンの飾りがついていた。
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