S ーエスー
作者:ブルー
公開
04. 帰り道
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 放課後、下駄箱で靴に履き替えると校舎を出て周囲を見渡した。
 授業を終えて帰宅する生徒達の下校風景がある。
 その中に詩織の姿はなかった。
「図書室に荷物を運ぶのを手伝ってたら遅くなった。まだそんなに遠くないはずだ」
 俺は急いで後を追いかけた。
 校門を出て、商店街へと続く並木道を走る。
 大型スーパー前のバス停を過ぎたところで詩織の後ろ姿を見つけた。
(ん? ……隣に誰かいるぞ)
 詩織の横に見たことのない人物が立っているのに気づいた。
 でっぷりとしたメタボリックな体型にグレーのスーツ姿。黒縁のメガネに頭髪は頭頂部にかけてハゲている。年齢はおそらく50歳前後ぐらい。ぱっと見は大企業の社長か重役といった中年男性だ。
 すぐ横の路肩には真っ白なベントレーが停まっていた。助手席に乗るようしつこく詩織の腕を引っ張っている。
 もう片方の手に学生鞄を提げた詩織は、その場で足を踏ん張って嫌がっていた。
「なにやってんだよ、おっさん」
 駆け寄って二人の間に割って入った。
「公人っ」
「大丈夫かっ、詩織!」
 俺は男の手首を掴んで軽く捻った。
「イタタ。なんだお前は」
 突き飛ばすように腕を放した。
 男は掴まれた部分を擦った。気色ばんだ顔つきで俺を見る。メガネの奥は悪徳金融業者のようなキツネ目をしていた。
「それはこっちのセリフだ。いい年してアイドルの追っかけか」
「言葉に気をつけろよ。私を誰だと思ってる」
「不審者のくせに偉そうだな。警察に突き出してやる」
「な、なんだと」
「詩織に二度と近づくな。今度見つけたらタダじゃおかないぞ」
「まって、公人っ!」
 詩織が慌てた様子で止めに入る。
「ここは俺にまかせろ。こういう奴は一度痛い目にあわないとわからないからな」
「ちがうのっ! すみません、春本さん」
 詩織が頭を下げて謝る。
「えっ……もしかして詩織の知り合いなのか、こいつ?」
「公人のバカっ! 早とちりよ!」
「でも、詩織が嫌がってるように見えたし」
 俺はしまったと思った。
 詩織の様子からして芸能界のお偉方だ。
 着ているスーツも高そうだし、金ピカの腕時計をしていた。
「詩織ちゃん、この乱暴な男は?」
「本当にごめんなさい。同じ学校の公人です」
「なおと……? もしかして詩織ちゃんの幼なじみとかいう?」
「ええ……ほら、公人も一緒に謝るのよ」
 詩織が俺の体に肩をぶつける。
 俺はしぶしぶ頭を下げた。
「すみませんでした。てっきり詩織のファンかストーカーだと思って……」
「いやいや、べつに気にしてないよ。誰しも間違いはあるからね」
 春本は相好を崩した。人の良さそうな猫なで声をしている。
 でも、メガネの奥の目は笑ってなかった。詩織と二人きりになれるチャンスを邪魔されて不機嫌なのが伝わってきた。
「君が公人くんか。噂はかねがね聞いているよ。詩織ちゃんととても仲がいいらしいね」
「……はあ」
「たまたま仕事でこの近くまで来てね。1人で歩いてる詩織ちゃんを見かけたから、車で家まで送ってあげようと声をかけたんだよ」
「そうだったのか。俺の勘違いか」
「アイドルになった幼なじみを心配するのも無理はない。芸能人をつけ狙う変質者は多いからね。しかも、詩織ちゃんはいまや日本で一番有名な女子高生といっても過言ではない。君みたいな正義感の強い幼なじみが側で守ってくれれば安心だ」
「あの、いつも詩織がお世話になってるみたいで……」
「私は詩織ちゃんが芸能界で売れるお手伝いをしているだけだよ。むしろ世話になってるのはこっちの方だ。スポンサーは詩織ちゃんみたいなフレッシュなタレントに大金を投じてくれるからね」
「春本さんは有名なプロデューサーの方よ」と、詩織が教えてくれた。
 そういえば詩織が出演しているドラマの制作発表会に似たような顔があった気がする。芸能界についてあまり詳しくないのでわからないが。
「プロデューサーって偉いのか」
「業界の便利屋みたいなものだよ。人脈を駆使して、一般大衆が求めているコンテンツを作り上げる」
「へー……大変そうですね」
「責任も大きいがやりがいも大きい。おっと、もうこんな時間か。せっかくのプライベートを邪魔しちゃ悪い。私はこれで失礼するよ」
 車に乗り込む直前、春本はスーツから封筒を取り出した。書類を入れるぐらいの大きさがある。
 それを詩織ではなく俺に渡した。
「会えた記念にこれをあげよう」
「なんですかこれ?」
「私からのプレゼントだよ」
「プレゼント?」
「詩織ちゃん、さっきの話を考えておいてね」
「はい……」
 真っ白なベントレーは都心の方角へ走り去った。
 ・
 ・
 ・

 帰り道、俺と詩織は家の近くの児童公園に立ち寄った。
 フェンスに囲まれた小さな公園には砂場と鉄棒とすべり台とブランコがあって、近所の子供達の遊び場になっている。
 公園に植えられた木には10年ぐらい前に詩織と背比べした跡が残っている。思い出せば、あの頃は毎日のように詩織と遊んでいた。
 ブランコに座った詩織は、鞄を地面に置いて両手で鎖を持つ。静かに揺らす。
 絹のようなストレートヘアに隠れるように詩織の横顔を夕暮れ色の光りが差していた。足元の影が長く伸びている。
「詩織……悩みでもあるのか?」
「あのね……」
「どうした? そんなに言いづらい話なのか?」
「うん、ちょっと……」
 詩織は遠くを見つめている。心なしか声のトーンも暗い気がした。
「子供の頃もよくこうして遊んだよな。外が真っ暗になるまで遊んで、迎えに来た母さんに怒られたりして」
「ええ……」
「あいつが言ってた、さっきの話っていうのは何のことなんだ?」
「そのことなんだけど……じつは映画の主演の話があって」
「ふーん、そう……。え、ええええ!? 詩織が映画主演!?」
「お、大声出さないでよ。……まだ正式じゃないんだけど」
「ご、ごめん……でも、すごいじゃん! ついに詩織が映画デビューか。どんな映画なんだ?」
「学園を舞台にした恋愛物よ」
「主演ってことは詩織がヒロインだろ」
「うん……それで最終オーディションの面接を受けることになっているの」
「面接っていつ?」
「今度の日曜日に、きらめきグランドホテルで」
 きらめきグランドホテルといえば、きらめき市の中心地にある高級ホテルだ。
 この辺では一番高い高層ビルで海外のVIPが利用することもある。
「急だな。普通はどっかの会場とかじゃないのか」
「情報が漏れないようにマスコミ対策みたい」
「あー、そういうことか」
「どうしよう……ねぇ、公人、どうしたらいと思う」
 詩織はブランコの鎖を握りしめて、不安そうに俺を見上げる。
 まるで小さい頃の詩織を見てるようだ。体は高校生になっても中身は子供のまま変わってない気がした。
「もしかしてオーディションの自信がなくて心配なのか?」
「……公人は、私が映画に出演するのに賛成?」
 これまで詩織に仕事の相談されたことはほとんどなかった。
 頭の中に、二通りの選択肢が浮かんだ。
 アイドルとしての詩織をいままで通り応援するか、反対するかだ。
 俺はすこし考えて答えた。
「応援するに決まってるだろ」
「えっ……」
「幼なじみがヒロインなんて最高じゃんか。映画が公開されたら絶対観に行くよ」
「……そっか……それじゃ、OKしちゃおうかな……」
 詩織は寂しそうに返事をした。
 俺は、あれ? と思った。
(もしかして詩織は、俺に反対してほしかったのか?)
 詩織の正直な気持ちは謎だ。
 芸能人になって会える時間が減ったのはさびしかったけど、清純派アイドルとして活躍する姿をTVや雑誌を通して見れるのは嬉しかった。とくに赤いドレスを着てステージで歌っている詩織の姿は、幼なじみのひいき抜きにしても可憐で美しかった。映画館のスクリーンで、もっと輝いている詩織を見たいという気持ちがあった。
「相手役が嫌いな奴とか?」
「ううん。ちょっと仕事で落ち込むことがあったから」
「詩織なら大丈夫だよ。ファンも銀幕デビューした詩織を見たいと思ってるはずだろ」
「わかった……私、面接を頑張るわね」
 詩織は足で反動をつけてブランコを降りた。
 ブランコがキイキイと揺れていた。
「帰りましょう」
「もういいのか?」
「心配かけてごめんなさい。公人のおかげで踏ん切りがついたわ」
「そうか」
「アイドルはファンの期待に応えるのが使命よね!」
 振り向いた詩織は笑顔で返事をした。
 どことなく俺を心配させまいと無理をしているように見えた。
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