向日葵と月見草
作者:しょうきち
公開
03. 夏風邪にはご用心
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 今年の梅雨明けはなかなか訪れなかった。
 もう7月も半ばだというのに、週間天気予報は3分の2くらいが傘マークで埋まっており、そうではない日も降水確率20%や30%が急などしゃ降りへと変わる事も珍しくない。
 窓の外からはいつも雨の匂いが流れ込んできており、今日も教室の中は重く湿った空気が漂っている。
 帰りのホームルームが終わり、下校の時間となった。クラスメイト達も既にちらほらと教室を後にしている。
 愛は放課後、しばらくの間詩織とおしゃべりをして、それから下校しようとしているところであった。詩織は「もう少し図書室で勉強してから帰るわ」と言うので、一人での下校である。
 進学校であるきらめき高校であるが、それなりの割合で就職組の生徒も存在している。就職組の生徒の代表的な例を見ていくと、水泳の実績によって実業団入りが決まっている清川望や、最早大学で学ぶ事など何も無いと豪語し、高校生にして一流どころのメーカーからのヘッドハンティングを受けていると噂される紐緒結奈などがその筆頭であり、高校生離れした類稀な技能を担保に就職するケースが目立つ。
 しかし愛の場合、そうした秀でた一芸めいたものは特に何も持っていない。流されるまま、苛烈な受験戦争に巻き込まれるよりは……といった消極的な理由での就職志望であった。
 何事もスマートにこなすイメージのある、あの詩織でさえも受験勉強は大変なようで、最近は模試の結果に一喜一憂し、夏休みは夏期講習に予備校通いと根を詰めている様子であった。何でも国内最難関を誇ると言われている、一流大学を志望しているらしい。
 愛にはどうしてもわからなかった。どうして高校生として過ごす最後の━━いや、何なら入学から卒業までの殆どの時間を、エネルギーを、大学受験という椅子取りゲームに向けて費やさなければならないのだろうか。
 しかもこの椅子取りゲームは大学入学がゴールというわけではなく、ほんの3年後には就職戦線という名の苛烈なレースが再び始まるのである。
 だが、まだレースに終わりは見えない。見事一流企業に入社できた暁には、毎日パワハラ、セクハラに耐えながら出世レースを走り続けなくてはならず、あっという間に女盛りは過ぎ去り、三十路、四十路が待っている。男性であればいざ知らず、女性はその合間に人生の伴侶を見つけ、結婚し、子供を産み育ててゆかねばならない。失敗は許されない。それが出来ない女には、この社会に居場所がないのである。
 それだけではない。しかも不思議な事に、優秀な女性であればあるほど━━であるが、ほんの数年後には子育てをしながら再び馬車馬のように働き続ける生活に戻ってこなくてはならないのである。
 そのような人生が本当に幸せなのか。人として、女として、そこまでしなければ幸せは手に入れられないものなのか。どこへ行っても優等生で優秀な上澄みに位置していそうな詩織などであればいざ知らず、愛にはそうした人生を生き抜く自信がどうしても持てなかった。
 何も朝日奈夕子や早乙女良雄のような、明日の事も考えないような遊び人になりたいと思っている訳ではない。普通に学び、普通に遊び、普通に恋愛して結婚して子供を産み、家族を愛し、普通の人生を送る。そのようなちっぽけな事が、愛にとってのささやさかな願いであった。
 とてもではないが詩織をはじめとする優秀な同級生達のように、社会に出て優秀な実力を発揮し、恋も夢も愛も、それら全てを手中に納めるような人生は、自分には送れそうにない━━それが18年近く生きてきて得られた結論であった。
 こうした意識の違いのためであろうか。近頃は詩織と話していても、「そうだね」「詩織ちゃんはすごいね」しか言えない自分がいた。
 女子同士の会話は共感力が最も重要なファクターであり、相手の気持ちを慮り、同調することが何より大切な事だからだ。たとえそうは思ってなくても、その事は正面から話してはならないのだ。
 もしもどうしても言わずにはいられない何かがあった場合━━そんなときは、他の女子(なるべく多人数が望ましい)を集って女子トイレに集まり、思う存分陰口を叩きあう。それが女子という閉鎖社会のマナーなのである。
 尤も、愛はそうした女子特有の陰湿な文化をあまり好ましく思ってはいなかったし、そもそも詩織以外に親友と呼べるほど親しい人間のいない愛にとっては、そうした内心の何かを吐き出す相手も機会も存在しない。
 そのためであろうか、この頃の愛は一抹の寂しさを感じていた。


(あ、ああっ……!?)
 校舎の外へ出ようとした愛を出迎えたのは、突然のゲリラ的豪雨であった。
(どうしよう……。折り畳み、忘れてきちゃった……。置いてた傘も昨日家に持ち帰っちゃったし、新しいの持ってきてないよぉ……)
 折り畳みでも置き傘でもよいので最低一本傘をキープできていれば、または詩織と話し込んだりなどせずに、帰りのホームルーム終了直後に真っ直ぐ下校していれば。間の悪さを嘆いても後の祭りである。降りしきる雨を前に、愛は途方に暮れていた。
 せめてこの雨が、小雨程度まで弱まればなんとか走って帰る事も出来なくはない━━そう考えて昇降口の軒下で雨宿りしていた。
 しかし、雨は全くと言っていいほど弱まる気配を見せない。それどころか、その勢いは絨毯爆撃の如く強まっていた。こんな状況で無理に飛び出して行った日には、一瞬で着衣水泳状態だ。
(このままじゃ帰れない……。どうしよう……)
 雨の勢いは激しく、こうして軒下に立っているだけでも、横殴りの雨やコンクリート地にぶつかり跳ね返ってきた雨が靴下やプリーツスカートの裾を濡らしている。
 このままでは最早雨宿りどころではない━━そう考え、愛は一旦校舎内へ戻ろうと踵を返した。
「あっ!?」
「おわっと!? ご、ごめん」
「あっ……あの、私、すいません……」
 ガラス戸を開けたところで、丁度向こう側からやって来ていた男子生徒と体がぶつかった。相手は公人であった。
「ああっ……高見、さんっ……!?」
 驚きのあまり、最後の方は声が裏返っていた。
「やあ。美樹原さんも今帰り?  それとも、忘れ物でもしたのかな?」
「あ、あの……」
「ん、どしたの?」
「雨……凄くて……」
「うわぁ、本当だ!? 参ったなあ……傘、人にやっちゃって持って無いんだよね。あ、美樹原さん、こんなところで何してたの? お迎え待ちかなにかかな?」
 愛は、無言で首を横に振った。思いがけず公人に遭遇した事も相まってか、緊張してうまく喋れない。
 しばらく公人から目が離せなかった。やがて不自然なまでに長く見つめすぎている自分に気づき、愛は慌てて膝に目を落とした。
「み、美樹原さん?」
「あの、わたし……、傘がなくて、雨宿りしてて」
 やっとそれだけが言えた。自身の鼓動の音がうるさく、口からは心臓が飛び出してしまいそうであった。
「なんだ、俺と一緒か。それで一旦、校舎に戻ってやり過ごそうとしてた訳ね。でも、もう少し待てば、雨、止むか弱まるかすると思うよ。多分」
「ど、どうしてですか……?」
「見てごらん。雲の隙間から、晴れ間が見え始めてるだろ?」
「は……はい」
 愛は公人が指差す方向、西側の空を見てみた。確かに雲の隙間からは青空がちらほらと見えている。
「こういう雨はさ、サッと降るけどね、止むときはパアッと止むんだってさ。知り合いから教えてもらったんだけど」
「そ、そうなんですか……」
 公人の言う蘊蓄もさることながら、こうして二人きりの空間で、同じ悩みを抱え、同じ方向を見ているという事実が、ひどく愛の心をざわめかせていた。
 
 二人並び、軒下で雨宿りしていたものの、愛は公人に話しかけることが出来ず、また、公人に近づく事さえも出来なかった。何故かと言うと、これ以上近づくと公人に気付かれてしまうのではないかというくらい心臓が高鳴っていたからだ。
 しかし、意識はずっと公人に集中していた。その笑い方も、はにかむ仕草も、困ったような表情も、全てがたまらなく愛おしく見える。理由などなかった。そして、そのように感じている自分自身を自覚し、ただただ驚いていた。
 二人の間に流れる沈黙を破ったのは、意外にも愛の側であった。
「へく……しょっ!」
「大丈夫? 美樹原さん、体冷えちゃったかな?」
「あ、あの……大丈夫、です……」
 ハンカチで鼻口を拭いながら、愛が言う。
「ほら、これでも羽織ってなよ」
「あ、あの……? ふぁっ!?」
 愛はボフン、と黒い厚手の布地を頭から被せられていた。それは公人の学ランであった。
「あ、あの……高見さん、悪いです……」
「気にするなって。無いよりマシだよ。汗臭いボロだけど、我慢してね」
「そ、そんな事……ない、です……」
「あー、それより美樹原さんってさ、バス通だっけ?」
「え…… あ、はい……」
「こんなところでただただ待ち惚けしてたら、風邪引いちゃうよ。雨なんて完全に止むのはいつになるか分からないしさ。丁度あと2分くらいでバスが来る時間だよ。バス停に急ごうよ。ギリギリだけど、走れば間に合うよ」
「ええ……でも、雨が……」
「さっきのどしゃ降りよりは大分雨足も弱まってきてるし、その学ランをカッパ代わりに羽織れば大丈夫だよ。さあ、急ごう。美樹原さん」
「あ! ちょ、ちょっと……」
 公人に強引に手を引かれ、二人一緒に雨の中を駆け出していった。公人の言う通り幾ばくか雨の勢いが弱まってはいたものの、それでも羽織った学ラン程度で避けきれるようなものでもなく、手足には冷たいものを感じたし、走るための造りをしていないローファーで急に走ることとなったため、足元が痛かった。
 しかし、雨の冷たさも、足の痛みもまるで気にならなかった。心中では太陽が差したかのように熱いときめきが生まれ、それが血液に乗って全身を駆け巡り、痛さも苦しさも殆ど僅かにしか感じられなかった。
 公人の息遣い、その手の温もり、真っ直ぐな眼差し、それらが渾然一体となり、愛の心を熱くさせるのであった。
 愛は公人と繋いだ手を頼りに、雨の中を全力で走った。息苦しく、心臓が口から飛び出てしまいそうな程であった。今度は物理的にである。スポーツテストの50m走でもこれ程精一杯走ることは無かった。
 時間にして実際のところは数10秒か、精々1分弱といったところであろうが、その時間は愛にとって何時間分にも感じられた。
 全力疾走の賜物か、公人と愛がバス停に辿り着いたのと、バスが到着したのはほぼ同じタイミングであった。
「はぁ……はぁ……。お、やったね、ジャストタイミング。俺の言った通りだったろ?」
「はひ……はひぃ……」
 息も絶え絶えになりながら、愛は公人に続いてバスに乗り込んだ。足元がふらつき、昇降口で滑って転びそうになったが、公人が支えてくれたお陰で難を逃れた。
 バスの中はひどく湿気っており、乗客でひしめきあっていた。 横から人に押され、公人の胸に肩からもたれかかる格好となった。通勤・通学ラッシュの時間帯であれば、小柄な愛は見知らぬ男性に対して今と同じ様にもたれかかる事くらいはある。しかし、今は無性に息が苦しくて仕方がなかった。全力疾走した事だけがその理由ではない。公人の身体からはかすかに汗の匂いがして、ひどく落ち着かなかった。
 バスが2、3程の停留所を通過したあたりで、愛はやっと喋れる程度まで回復した。
「な……公人さん、む、無茶苦茶です……。わたし、こんなに走ったの随分久しぶりで……」
「体、暖まったろ?」
「あ……」
「風邪引かない内に、今日は早く帰ってシャワー浴びて休みなよ、ね」
「な、公人さん……!」
 公人の小さな優しさが骨身に染みた。もしもこんな素敵な人が、本当に恋人だったなら。一人占めにできたなら。
 まだ知り合ってほんの少し。あり得ない事だとは思ってはいても、心のどこかで期待してしまう自分がいた。

 カーブで車体が揺られるのにかこつけて、愛は公人により深く体重を預けた。胸が高鳴り、耳まで熱くなる。この瞬間が一秒でも、一瞬でも長く続けばいいのに、と思った。
 そのときであった。バス内にアナウンス音声が響き渡った。
『次は~、《近所の公園前》~、《近所の公園前》~』
「あ、俺、ここで降りるよ」
 公人は身をよじり、停車ボタンへと手を伸ばした。その動きによって、愛の身体は公人から引き離される格好となった。
(あう……。もう少しだけ、こうしていたかったのに……)
「ん? 美樹原さん、何か言った?」
「い、いえ! 何でも、何でもないです……」
「ん、そう? ……お、着いた着いた。じゃあ、俺はここで」
「は、はい……」
「じゃあそれ、もういいかな?」
 公人が指差したのは先程身体に掛けてもらった学ランである。今は愛が小脇に抱えていた。
「あ、あの……これ、もしよかったら、ちゃんとクリーニングしてお返しします……」
「いや、そんな、悪いよ」
「お願いしますっ!」
「そ、そう……。じゃ、お言葉に甘えようかな。どうせ夏場じゃ毎日は着ないしね」
「はい。それじゃあ、公人さんも、お身体気を付けて……」
「じゃあね、美樹原さん」
「はい、それじゃあ」
 公人がバスを降りた。降りるのは公人のみであったため、すぐにバスのドアが閉まった。
 もしもではあるが『家まで送ってくれませんか?』などと甘えてみたら、公人ともっと長く一緒に居られただろうか。もっと見ていたかったし、もっと見てほしかった。もっと言葉を交わしたかったし、匂いを、感触を、もっと感じていたかった。
 愛は窓越しに公人を見た。
 こっちを見て、と願う。
 私を見て。手を振って。笑いかけてほしい。
 しかし願いは届かず、数秒後にはバスが走り去り、公人の姿は見えなくなった。
 愛は、手元に残された学ランをきゅっと握り締めていた。


 その日の夜。
 ベッド上、シーツの上に大きめのバスタオルを敷き、愛はその上に仰向けに寝転んだ。(先日びしょびしょに濡らしたシーツを親に見られ、ひどく心配されたため、それ以来このように下に何か水分を吸収するものを敷いてから行為に及ぶようになった)
 そして衣類の類はパジャマも下着も身に付けていない。生まれたままの姿である。
 その上から先程預かった公人の学ランを、タオルケットのように被る。
(公人さんの……匂い……)
 愛は電気を消した。
 視界が暗闇に包まれ、視覚以外の感覚が鋭敏になる。イメージが像を結び、公人の匂いや感触が、まるでここにいるかのようにリアルに感じられるのだ。
(まるで、公人さんに抱かれてるみたい……)
 妄想の中では、公人は気に入った女を強引にモノにし、弄ぶ漁色家であった。

「ああっ……」
 公人がズボンを下ろすと、そこには欲望の蜜を滴らせたペニスがそびえ立っていた。少年特有のオスの匂いが、熱を帯びた性器から流れ出て鼻をつく。
「ゆ、許して……こんな所で……」
「バレないから大丈夫だよ。いいから、続けてくれよ」
 唇を固く閉じているにも関わらず、愛の全身からは愛欲にまみれた溜息が漏れ出していた。見てはいけない、触ってはいけないと思いつつも、目が離せない。赤黒く輝くペニスを扱く手指の動きを止めることができない。
「……どうだい?」
「ああっ、熱いです。凄く……」
 愛は公人と二人、バスの最後部座席に座っていた。乗客は他にほとんどおらず、前の方の優先席にぽつんと老婆が座っている程度である。
  座席で隠されているため、近くまで寄って来ない限り公人と愛が何をしているのかは誰からも分からないであろう。しかし、逆に言えば後部座席の方に座ろうとする者が一人でもいれば、避けようもない破滅が訪れるということである。その事実を否応なしに自覚し、愛の心臓はキリキリと8ビートを奏でる。
「俺だけこうしてちゃ不公平だよね。愛ちゃんも脱ぎなよ」
 返答を返す前に、公人の手がプリーツスカートの裾を捲る。
「ここじゃ、だめです……」
 弱々しく公人の耳元で囁く。
「こんなにさせといて、何言ってるの。愛ちゃんのせいだよ。責任取ってくれよ」
「どうしたらいいの……。わたし、私……おかしくなっちゃったみたい……」
「おかしく……なっちゃえよ」
 公人の手がスカートの中、ストッキングのウエスト部まで伸びて、膝まで一気に下ろす。愛も尻を振って協力した。
 公人の指が愛の下着に掛かる。ゆっくりと熟した果実の皮を剥ぐように、下着を下ろしてゆく。
「は、恥ずかしいです……」
 息を深く吸い、愛は香人の耳元でそれだけを囁いた。
「愛ちゃんに触れたいんだ。嫌かい?」
 恥ずかしさのあまり視線を泳がせていた愛は、 ゆっくりと首を横に振った。
「触って欲しい……です。でも、恥ずかしいの……」
 その言葉を言い終えるか終えないかという内に、公人の指が愛の性器に沈み込んでいた。二本の指に押し出されるように、大量の蜜液が溢れ出す。
「はうっ、うんんんっ」
 愛は太股をすりすりと捩り合わせながら、必死で声を押し殺そうとした。しかし、二人が何をしているのか、もしかするとバスの運転手や他の乗客には既に気付かれているのかもしれない。それでももう、公人も愛も、暴走を始めた熱情を止めることができなかった。
 公人が愛の性器の中の構造を確かめるかのように、ゆっくりと指を動かす。
「あああっ、だっ、だめ。公人……さん、凄すぎですっ……!」
 愛は全身を小刻みに痙攣させていた。電流が走ったかのように、身体が勝手にのけぞる。全身がドロドロに溶け出してしまったのではないかと思った。
「愛ちゃんの中って、こんなふうになってるんだ。この中に入れたら、どうなっちゃうんだろう」
「そんな事、想像しちゃ嫌です……。恥ずかし過ぎます……」
「もっともっと、恥ずかしくなっちゃえよ。素直になって、君の中にある色んなものを、解放するんだ」
 公人の指の動きが激しくなった。聞くに耐えないような淫らな音が、性器から溢れ出してしまう。
 クリトリスの包皮を剥かれ、サーモンピンクに膨張した若芽を潰された。
「あうううっ、ゆ、許して……。どうしてこんなことするんですか?」
 愛が苦しげに公人を見つめる。二人の視線が妖しく絡み合う。
「君の事が、好きだからさ」
「あうっ、だめっ、もうわたし……駄目え。公人さん……」
 愛が眉間に皺を寄せて訴える。生まれて始めて受けた愛の告白であったが、口をついたのは拒絶の言葉のみであった。しかしそれは愛していない訳ではなく、既に身も心も公人の手に堕ちているが故である。
 公人の指の動きが、愛の中で限界まで速くなった。それに合わせて愛の腰が妖しくうねる。
「愛ちゃん、いきそうかい?」
 愛の耳朶を甘噛みしながら、公人が囁く。
「いやっ、恥ずかしいです……」
「いくトコ、見せてよ」
 公人と愛、現在二人は互いの性器を露出させ合い、互いの性器に手指で愛撫をしていた。いつ誰に見られるとも知れない、走っているバスの中でである。
(ああっ、恥ずかしい。どうしよう。でも、もう、我慢できないっ!)
「公人さん、お願いです。見ないで……ください……」
「そう言われて、見ないと思うかい」
「ああ、もうだめ、いきそう」
「愛ちゃん、俺の目を見ながらいってよ」
「そ、そんなこと……」
 公人の願いは、愛にとって死ぬほど恥ずかしい事であった。それでも愛は、そうしたいと思った。公人の願いを聞いてやりたいと、心から思った。
「愛ちゃん、いって」
「ああっ、いくっ!」
 公人の指をずぶずぶと呑み込んだまま、愛の身体は痙攣を始めた。何度も身体が跳ねる。
「あああっ!」
 空中に投げ出されたかのような身体は、公人によってひしりと抱き留められていた。


「はっ!」
 自室、ベッド上。全身を汗と、そうではない液体でびしょ濡れにさせながら、愛は意識を取り戻していた。
 公人の学ランで身を包みながらする自慰は、想像以上のイメージの実現化と快楽を愛にもたらしていた。事の最中は、ほとんど別世界に飛んでいってしまっていたかのようである。
 愛はそのまま満足げな笑顔を浮かべながら、心地よい幸福感に包まれつつ眠りについた。
 いくつか誤算があった事と言えば、この後本当に風邪を引いてしまった事と、公人の学ランに言い逃れが出来ないほどの染みを作ってしまった事ぐらいである。

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