ボーダーライン
作者:ブルー
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01. デート
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 その日、部下に仕事の指示をして会社を早退した私はタクシーできらめき駅へと向かった。

 駅のトイレで着替える。ニット帽をかぶりサングラスをして、口元には大きなマスクをした。
 荷物をロッカーに預ける。
 正面改札口を出てすぐの広場には、目つきの悪いコアラの形をしたモニュメントがある。待ち合わせスポットとしてよく利用されている場所だ。
 初夏を思わせる日差しの中、私だけコート姿で立った。
 時折、駅の利用客が私のことを横目に見て足早に通り過ぎる。
 週末ということもありかなりにぎわっている。
 とくに学校帰りの学生の姿が多い。電車に乗って家に帰るか、これから友達と街へ遊びに行くのだろう。
 腕時計をチラっと見た。
(そろそろ時間だな)
 私はある人物と待ち合わせをしていた。
 こんなにソワソワしたのはひさしぶりだ。
 朝から仕事もほとんど手につかなかった。
 時間だけがやたら長く感じられる。

「はじめまして……〇〇さんですか?」
 その声に私はビクッとした。
 恐る恐る振り返る。
 両手で学生鞄を提げた、制服姿の詩織が立っていた。
(本当に来たのか、詩織)
 その場で固まってしまった。
 なにを隠そう、詩織は私の娘だ。
 さらさらのストレートヘアにトレードマークのヘアバンド。大人っぽさとあどけなさが同居したような清楚な顔立ち。
 身長は158センチ。スラリとした均整の取れたスタイルで、胸元に黄色いリボンのある空色のセーラー服がとてもよく似合っている。
 詩織が笑うと春の花が咲いたように周りが明るくなる。親バカといわれればそれまでだが、テレビに出ているアイドルと比べてもまったく負けていない。
 いまはきらめき高校に通っていて2年生になる。
「あの、ちがいます?」
 落ち着き払った透き通った声。
 私を見てキョトンとした顔をしていた。
 目の前の人物が私だと気づいていない様子だ。
「駅前のコアラ像に4時って約束でしたよね?」
 そよ風にストレートの髪がやわらかになびいて、かすかにフローラルな香りが漂う。
 前髪が長い眉にふわりとかかった愛くるしい瞳で瞬きをしている。
「えっ、ああ……時間ぴったりだよ、詩織”ちゃん”」
「よかった。反応がないから人違いかと思いました」
「ハハハ。ちょっと日射しにあてられたかな」
「今日はよろしくお願いしますね」
「う、うん……こちらこそ」
 正体がバレないかと内心ヒヤヒヤした。
(これだけ変装すれば、絶対に私だとわからないだろ)
 普段、平凡な父親として接している。
 娘をちゃんづけで呼んだりしない。
 会社に行くときはスーツ姿だし、声は小型のマイクを使ってボイスチェンジャーで変えている。完全に不審者の格好だが背に腹はかえられない。
「もしかして待っててくれました?」
「さっき着いたところだよ」
「雨が降ったらどうしようかと思ったけど、いい天気」
「……夕方までデートしてくれるんだよね?」
「そのつもりだけど。いまからどうします」
「とりあえず移動しようか。ここは人が多いし」
 さっきから若い男たちがチラチラとこちらを見ている。
 詩織のことが気になっている様子だ。
 親としては鼻高々でもあり心配でもある。
 いつだって娘に悪い虫がつかないか心配してきた。
「私も学校の友達に見られるとまずいし」
「詩織ちゃんは行きたい場所ある?」
「うーん……私はべつに」
「いつもどんなところに行ってるのかな」
「カラオケとかファミレスとか。車でドライブに誘われたり」
(ドライブデートだと!)
 私はムカッとした。
 どこのどいつだ、未成年の娘をドライブに誘った男は!
「……おじさんの行きたい場所でもいい?」
「門限があるから……あんまり遅くなるのは」
 詩織には19時までに帰宅するようにと厳しく躾けてある。
 いままで門限を破ったことはない。
 部活の練習などで遅くなる時は家に連絡を入れるようになっている。
 親に心配をかけることのない、本当にいい子だ。
「し、心配しなくても時間は守るよ」
「それなら……」
「荷物を持ってあげる」
「ううん。平気です」

 駅前広場を後にする。
 交通量の多い交差点を渡り、おしゃれなショップやカフェの立ち並んだ通りを詩織と歩いた。
 途中、ゲームセンターでプリクラを撮った。
 まるで本当にデートしている気分だ。
 大人たちがお金を払ってでもJKとデートしたがる気持ちがわかる。
 常識的に考えて、こんなことが許されるわけがない。
 この場で正体をバラして、父親として注意するべきなのは頭ではわかっていた。
 だが、一度生まれた邪念をどうしても振り払うことができない。
 むしろ、会うまえより大きく膨らんでいる。

 ・
 ・
 はじまりは詩織がリビングにスマホを置きっぱなしで忘れていったことだった。
 高校入学のお祝いにスマホデビューしたのだが、知らないうちに最新機種に変わっていた。
 娘のプライバシーに干渉するのは良くないとわかっていても、つい知りたくなるのが親心というものだ。
 ロックを解除してみるとなんの変哲もない物ばかりだったが、あるSNSに詩織の裏垢(?)を見つけてしまった。

 通信履歴に私は愕然とした。
 不特定の男性たちと怪しいやりとりをしていた。
 中でもAのメッセージがとび抜けて多かった。金銭を思わせる数字を提示してデートに誘ったり、いかがわしい写真を要求しているメッセージがいくつもあった。
 それに対して詩織は軽く受け流していたが、断りづらくなったのかデートの日時を指定したり、Aの要求通りに制服姿でスカートをたくしあげた写真を添付していた。
 それだけでも私にとって衝撃的な事実だ。
 Aは「可愛いよっ!」や「もっとサービスできるよね?」などと、あつかましい返答していた。
 履歴をたどると、Aの要求がどんどんとエスカレートしていた。
 それにともない詩織の露出度が高くなっていた。
 極めつけは、先月の日付でAが添付した写真だった。
 制服を着た詩織の顔をドアップに写して、両目をつむって口を開けて小さな舌を伸ばしたところに、大量の精液がドロリと降り注いでいた。
 いわゆる口内射精の場面だ。
 私は目を疑った。悪質な合成写真ではないかと思ったほどだ。
 Aのメッセージによると詩織がフェラをしたのは、それがはじめてではない感じだった。

 その時の心境は言葉では言い表せない。
 全身の血が引いて、スマホを持つ手が震えた。
 降ってわいたパパ活疑惑。女子高生の間で流行っているとは耳にしていたが、うちの娘には無関係な話だと気にとめてさえしていなかった。
 詩織はとても真面目な女の子だ。
 学校では模範的な生徒として、先生方からの評判もすこぶる良い。
 これまで手がかかることは一切なかった。
 私の誕生日には、毎年感謝の手紙とともに肩たたき券をプレゼントしてくれる。
 高校生になってもずっと……。
 とくに悩んでいる様子はない。おこづかいだって毎月十分に渡している。
 なにひとつ不自由のない生活のはずだ。
 なのにどうして?? 詩織がパパ活をする理由が私には皆目見当がつかなかった。
 一人娘で甘やかしすぎたのがまずかったのだろうか……。

 次の日、私は別人になりすましてDMを送った。
 はじめは不審者扱いされたが、リストにあった朝日奈夕子ちゃんの紹介だと説明したら納得してくれた。
 朝日奈夕子ちゃんは詩織のクラスメイトだ。
 そうして、放課後にデートをする約束を取り付けるのに成功したというわけだ。
 ・
 ・

 人通りの少ない路地を歩きながら高校生活について話をした。
「部活はなにしてるの?」「得意な教科はなに?」とかだ。
 父親である私にとってわかりきっている情報ばかりだ。
 詩織はなんでも素直に話してくれた。
 クラスのグループチャットがあって、そこで数人の男子がふざけた投稿をして困っているなどの話題もあった
 最近の高校生はなんでもスマホで済ませるらしい。
 私の時代には考えられなかった話だ。
「あの、腕を組んでもいいですか?」
 詩織の方から腕を絡めてきた。
 私の肘に制服の胸を押し付けるようにしてピッタリと寄りそう。
 どうやら私のことが気に入ったみたいだった。
「い、いつもこんなふうにデートしてるの?」
「いい人そうだし、これはサービスです」
「2人きりになれる場所に行こうか?」
「えーっと、どうしようかな……」
 詩織はあいまいな返事をした。
 とても思わせぶりな態度だ。
 それがとても可愛らしい。男が喜びそうなコツをよく掴んでいる。
(ここまで来たらしょうがない……予定通りに……)
 私は意を決して、詩織を連れてラブホテル街へと足を進めた。
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